Let's Get Lost

僕に力をくれ、もっと強くなってみせるから

非実用的な生活を愛したい

働きはじめて7ヶ月が過ぎた。自分が成長していると思えない。飲み込みが早い、と上司たちは口をそろえて褒めてくれる。彼らが一体私の何を評価してくれているのか、私だけがわかっていない。私の話なのに。仕事が楽しくない。定時上がりとはいかないにしても毎日19時には会社を出られるし、給料は悪くないし、休みだってちゃんと取れるし、一緒に仕事をする人たちも優しいし、服装も自由だし、職場としては全然悪くないと思う。これだけブラック企業が話題にあがる世界において、文句を言う資格なんてないくらいだ。

それでも、起きている時間の半分が会社に奪われることがただ我慢ならない。読みたい本があって、聴きたい音楽があって、観たい映画があって、旅をしたい場所があって、観たい絵があって、書きたい文がやまほどある。それなのに、起きている時間の半分働いて、残りで生活のことをして、それで精一杯だ。

最初から、働くのはお金を稼ぐためと割り切って入社した。私が今の会社を選んだ理由は、給料がそれなりで、人権意識がしっかりしていて、日本で働けるから、それだけだ。仕事の中身なんて、どうでも良かった。だから「なぜうちの会社に入ったの?」と尋ねられるたびに、私は答えに困る。最大の妥協点だったから、なおかつ、採用してくれたから、などと言うわけにはいかないから、いつも曖昧にごまかして笑う。

一度、仕事のことを相談したくて、父と二人で飲みに行ったことがある。父は家で一切仕事の話をしない人だったから、私は父がどんな仕事をしているのかをそのときに初めてちゃんと聞いた。大げさに聞こえるかもしれないけど、僕は本気で世界を変えたいと思っているし今やっている仕事は確かに世界を変えられると信じている、と誇らしげに話す父のことを、とても格好いいと素直に思った。とてもじゃないけれど、楽しくないと思っていることは話せなかった。私が働きはじめたことを、そうして娘と仕事の話ができるようになったことを、彼が嬉しく思ってくれているのがよくわかったから、ごめんと心の中で謝った。

生きていくにはお金がかかる。私はどうしても親に頼らずに生活をできるようになりたくて、入社して2ヶ月くらい経った頃から、半ば見切り発車で一人暮らしを始めた。補助してもらった引越し費用はまだ返済できていないけれど、それを除けば私は物理的にも、金銭的にも一人で生きている。親に大事に大事に育てられて(それを責めたいわけじゃない)自分で生きている実感を失っていた私にとって、自分が今ちゃんと自分の足で歩いているという感覚はすごく大事だ。だから、家賃も、水道代も電気代もガス代も、食費も税金も、働いて賄わなくちゃいけない。

好きなことをするにもお金がかかる。アイドルの追いかけ方にも色々あるけれど、私はとにかくコンサートという空間が好きで、時間とお金が許す限りその場にいたいタイプだから、余計にどうしようもない。

私は働かなくちゃいけない。働く以外の選択肢がない。だって、生きることを前よりも受け入れはじめたから。生きていくなら、好きなことをしていたいから。なのにこれじゃまるで、会社に行くために生きてるみたいだ。数字、数字、数字。売上。業績。利益。押しつぶされそう。うるさい、って卓袱台をひっくり返してしまいたい気分だ。

会社は、お金を稼ぐための組織だ。そんなことはわかっている。だけど誰も彼もが金稼ぎのために役に立つかどうかだけで全てを判断する世界が、私には気持ち悪くて仕方がない。私はお金がほしいから働いているのじゃないのだ。私はときめくために生きている。私のときめきは生物学であり、哲学であり、文学であり、芸術であり、アイドルであり、この世界のあちこちに散らばる美しいものたちだ。私がときめくための諸々を手に入れるためにお金が必要なだけで、お金そのものに価値があるとは思っていない。なのに、みんな、お金が大好きらしい。お金が大好きで、それ以外は二の次らしい。

会社の研修で、プログラミングを勉強したことがある。やってみるのは初めてだったが、とにかく楽しくて楽しくて仕方がなかった。新しい言語を学んでいるみたいで、話せる文法が増えるたびにわくわくした。同じ研修を受けていたメンバーの中では、経験者を除けば私が一番出来が良かったと思うし、講師にも評価してもらっていた。もっともプログラミングの技術は直接私たちの職種に関わるものではなかったから、言うなれば教養として、「知っておくに越したことはない」という位置付けでみんなとらえていた。

その時、一緒に研修を受けていた同僚に、「なんでそんなにモチベーションを保てるの?」と尋ねられたことがある。私は「楽しいから」と即答した。するとその同僚は理解できないという顔で「俺、役に立たねえことは楽しめねえんだよな」とこぼした。びっくりした。私はプログラミングの研修を受けている間、それが役に立つかどうかなんて一瞬たりとも考えたことがなかったから、そういう考え方もあるのかと思った。そして、営利目的の企業で生きるうえでは、彼の考え方のほうがよほど合理的な正解なのかもしれないとも思ったのも覚えている。

マキノノゾミの『東京原子核クラブ』という戯曲が大好きなのだが、その同僚との会話を思い出すたびに、その戯曲を思い出す。

物理学者の小森という青年が、巷で話題になっている新劇を見たことを同じ下宿に住む売れない劇作家の谷川に話す。小森が家族を題材にしたその新劇にひどく感動したと言って、谷川を激怒させるシーンだ。

谷川 お前、その『おふくろ』って芝居観てどう思ったんだ?
小森 どうって……ああ、おふくろさんは大変やなあ、と。(中略) 自分も、親孝行せにゃいかんなあ、と。
(中略)
谷川 いいか。作家、芸術家ってのはなァ、高邁にして世俗の塵にまみれず孤高己を持してるもんなんだ。それが、そんな修身の教科書みてえな下世話なる実用的効能を生んだとなってみろ。俺だったら恥ずかしくて首をくくりたくなるね。(中略) お前たち科学者は何かと言やァこの実用的効能ってやつを振りかざすからな。(中略) いいか、芝居はな、いつだって芝居のためだけにあるんだ。それ以外に何の役にだって立っちゃいけねえんだッ。

── マキノノゾミ『東京原子核クラブ』 2008年 ハヤカワ演劇文庫

この小森も、実際のところ谷川が非難するような実用的効能を求めた科学者だったというよりは、純粋に物理学に魅せられた人間だと私は解釈したので、このふたりは本質的には似ているのではないかとも思うが、それはさておき谷川のこのセリフに私は強く共感する。

谷川にとっては芝居そのものが目的なのだ。そして、小森が「修身の教科書みてえな実用的効能」を得た、すなわち自分にとって目的であった芝居が、単なる手段としてとらえられたと思ったから谷川は憤ったのだろう。

自分の職種から縁遠いからとそこに価値を見いだせなかった彼にとってもまた、プログラミングは手段に過ぎなかったのだろうと思うし、たぶんそう考える方が自然だ。というか、プログラミングを発明した人だって手段だと思っていたはずで、むしろ私のようにそれ自体に愉悦を覚える人間のほうがレアかもしれない。

実用的効能を賛美し、役立たずを切り捨てる価値観はなるほど合理的だけど、冷酷でもある。あいつは使えないと眉をひそめる上司を見ると、自分のことではないのに、心臓が握りつぶされるみたいで怖い。

言葉で塗りかためて論理武装しがちだけれど、その実私は人間の感情や感覚を重んじるし、そういうところからうみだされる生々しさを伴った作品を愛している。それが美しいと思うからだ。美しさとはとかく非合理的なのである。

生きるために働くのだと歯を食いしばったところで、あと何年この生活が続くのだろうと思うとうんざりする。私は私の時間をそんなものに費やしたくない。だったら死んでしまったほうがマシだろうと思う。

それでもめっきり死にたいと思わなくなったのは、いっそもう生きていないからなのかもしれない。

日和見主義な卑怯者のブーメラントーク

久しぶりに前ブログからの移行。一昨年の11月、アメリカ大統領戦の頃に書いた文。

◆◇◆アメリカ大統領選。私の周りの大多数がそうだったように、私もまた、予想外の結果に落胆した側の一人だ。予想外、というのが正しいのか、今となってはわからない。「なんだかんだ言ったってトランプになるわけはない、どうせヒラリーだろう」という希望的観測が、私の、そしてメディアや有識者の目をも曇らせていたに過ぎないのかもしれない。もっともらしい言葉が飛び交っていて、何が正しいのかなんてわからないから、結局信じたいものを信じようとしている。今も。

今回のことについて、色んな意見を目にした。その中には、なんだかものすごく釈然としない気持ちにさせられるものもあって、面倒だから目を逸らしてしまいたい気持ちもあるのだけど、やっぱり割り切れなくて、勢いで言語化しようとしている。

選挙の結果についてとやかく言うつもりはない、というか、参政権もない部外者にこれ以上言えることはない。正当な手続きを踏んだうえで決まったことなんだから、もうあとは野となれ山となれ……じゃなくて、なるようになる。なるようにしかならない。

 

たしかに、他国の選挙にこれだけ盛り上がるのは、ちょっとした異常事態だ。私自身が幼少期にアメリカに滞在経験があり、かつ出身高校・大学が特殊な私の周りには、米国籍を持っていたり、長年滞在していたり、今も暮らしていたりする知人が多いからあまり違和感はなかったものの、街中ですれ違った人のスマホの画面に、赤と青で塗りつぶされた地図が表示されているのを見かけたのも一度や二度ではなかったから、かなり驚いた。国内の選挙なんかよりも、ずっと注目度が高いと感じたのは気のせいではないだろう。

だけど私の言いたいことはそこにはない。もやっとしたのは、強い言葉で正論を主張して、他者を「批判する」人たちに対してだ。他国の選挙結果にお祭り騒ぎする日本人、を俯瞰して嘲笑する人々に、心がざわついた。

これは以前にもツイッターで言ったことだけど、正論を唱えることが必ずしも正しいことであるとは限らないと思っている。正論は、強い。正しくないものを否定する力を、傷つける力を持っているから、強い。

私は、正しさが苦手だ。正しいことを主張する人が、正しいことをを主張することを正しいと信じて疑わない人たちが、怖い。私自身が矛盾の塊のような人間で、一貫性も論理性もないから、正しさを振りかざされると、縮こまってしまう。

論理的に誤っているものを正すことは、人間性を否定することとイコールではないことくらい、頭では理解している。それでも、正しさを押し付けるということは、その正しさに合致しない人たちを切り捨てることでもあるように、私には感じられてしまう。その暴力性が怖い。

 

私は、人間をカテゴライズすることによって、そのカテゴリーの構成員の個性から目を逸らすことにすごく抵抗があって、文化でも性別でも人種国籍でもなく、常に最小単位は個人であることを忘れないようにしたいと思っている。もちろん常にそれを実践できているとは言えないのだけれど。

そういう考えを持つ人間として「批判」(という名の否定行為)に消極的なのは、多くの場合批判の対象が複数人の集団であり、批判者はその集団の構成員の「批判すべきところ」だけを都合よく切り出して合成した、存在しない相手を槍玉にあげているように見えるからだ。対象集団の中に「個」を感じさせない曖昧さがあるからずるいなと思うし、批判者とそれ以外の人々の間で対象の定義に誤差が出る。前提を共有できていないから議論としては成立しないし、結果、あるクラスタを貶めて自分の価値を相対的に高めようとしている行為であるように映る。

もちろんすべての批判がこれに当たるわけではなく、reasonableと感じるものもあるのだけど、その線引きが感覚的なものだから難しい。ただやはり、批判の対象、議論の対象を明確化するのは大事だと思う。「強い言葉で正論を主張する人たち」なんてふわっとごまかすのは、卑怯だ。……笑うところです。

ただ、個人に対する批判は、批判される個人にそのつもりがない限り、中傷として受け取られやすいから難しい。それに、いちいち個人ごとに批判するなんて労力が半端じゃないので、やっぱり集団を対象にする方が効率的なのだ。ところが対象が複数になった時点で、その構成員の最大公約数的な要素だけを批判せざるを得なくなってしまうから、これは矛盾としか言いようがない。

うーん、不毛な話をしているなあと、我ながら思う。

 

 一旦方向を変えてみる。

私が卒業した大学では、批判的思考という言葉を耳にたこができるほど聞かされて過ごす。その重要性は疑いようのないものだと思っている。ただ、どうしても言葉だけが独り歩きしている印象を受ける。

批判的思考と批判するという行為は決して同一視されるべきものではないし、さらにいうと、批判と否定は全くの別物である……はずなのに、批判的思考に裏付けられた否定=批判と考えている(ように見受けられる)人はわりとよく見かける。

なるほど批判的思考に基づいて導出した結論が、ある命題Aを否定するものであった場合、それはAの批判といえるかもしれない。けれども、批判的思考に基づいた判断であることが命題Aを問答無用に否定することを正当化するかといえば、たぶん違う。

 

思うに、批判はコミュニケーションの一形態だ。

発信者と受信者があるところにコミュニケーションは成立する。生身のコミュニケーションならば言葉以外の方法もあるけれど、発信者と受信者が直接対峙しないコミュニケーション手段が盛んである現代において、その中心にあるのは言葉であり、表現である。

発信者がどういう表現を選択するかで、受信者が発信者に対して抱く印象は、まったく違ったものになる。印象は、言葉に内包される「意味」に先行する。どんなに内容が正しくとも、選んだ言葉の如何では、内容に関する議論に到達しないことだってあり得る。だからこそ発信者はどういう印象を与えたいか、あるいは受信者がどういう印象を抱きうるかを考慮したうえで発信することが必要となってくる。

日常生活レベルでは深く考えなくても、なんとなくお互いが意を汲み取ることで円滑に進む場合が多い(それがうまくいかないと喧嘩になったりする)けれども、失敗例としてわかりやすいのは、最近話題の農水省大臣の「冗談のつもりだった強行採決発言」などだろうか。もちろん政治家に限らず、不特定多数の人を相手にした非相互的なコミュニケーションでは、発信者の意図から離れて解釈されていきやすい。受信者の数だけ解釈は発生しうるから、それを完璧にコントロールするのはもちろん不可能なのだけど、だからと言って開き直るのは、私はあまり好きではない。

私が強い言葉を使う人を警戒するのは、他の意見を最初から受け入れる姿勢を持っていないような印象を持つからだ。その人が本当は、他者を受け入れるつもりがないわけではなく、然るべき反論を真摯に受け止める人であったとしても、だ。そう見えてしまった時点で、話は始まらない。少なくとも私は、そういう人と対話したいとは思わない。言いたいことがあっても、飲み込む。

批判は、議論の余地があるところに存在する。批判がコミュニケーションの一形態であると考えるのは、それゆえだ。そして議論というのは、考えに優劣や正誤をつける勝負事でもなんでもなくて、対立する複数の意見を止揚する営みであってほしいと私は思う。そのためには、相容れない意見を尊重する姿勢が何よりも大事だと思うし、そうせずに自分の主張だけを投げて、「どう受け取るかは君たち次第ですよ」みたいな姿勢には、どうしても抵抗を感じる。

というか、これは僻みなんだけど、よく自分の主張をそんなに信じられるなあと思う。結局自己肯定感の話に収束するのだが、私は周りの人たちよりも自分が劣っていると思っているから(そこだけは信じて疑わないんだから全く矛盾だ)、何かに違和感を感じた時に真っ先に批判的思考(とよぶのは烏滸がましいけど)を適用する対象は自分だ。だから、他者を批判することを前提に議論したがる、食って掛かるような物言いをする人たちは、理屈とかじゃなく本能的に怖い。理解できないから。

ということで、ここまで盛大なブーメランを書き綴ってきたわけだけど、そもそも、議論にならないものがこの世にはあふれているということを、忘れている人が多い気がする。そこが、最近ツイッターなどでちょくちょく見かける、過剰なポリティカル・コレクトネスの追求に対する嫌悪感とも関連しているのかもしれない。

 

私は、自分に自信がない。自分の思考に信用をおいていない。なけなしのちっぽけな脳みそで考えたことを、頭の良い人たちにあっさり否定されるのが怖いから、普段自分の考えをはっきりと口に出すことはしない。そもそも誰かに否定されるまでもなく、自分で自分のことを散々否定しつくしてるんだからあえて傷口を広げるようなこともしたくないし、自分の言うことなんてどうせ簡単に論破されるに決まっているのだから、何も言わない方が波風立たなくて楽だ。

そうやって、もっともらしいことを声高にいう人に劣等感を抱きながら、わだかまりを抑え込んでごまかしてきた。自分の言葉ではなく、自分が漠然と思い描いていることと似たものを、私よりもずっと正確に表現している人たちの言葉を借りて、リツイートして、自分の意見を持っているかのように装っているだけの卑怯者であり続けてきた。

 

でも、いい加減うんざりしてきた。

私は政治のことなんか、社会のことなんか、何も知らない、社会人のなり損ねだ。論理的な思考能力も中途半端にしか身についていない、クリティカルシンカーのなり損ねだ。

でも、じゃあ、そういう人間は何も言っちゃいけないんだろうか。何も感じちゃいけないんだろうか。そうじゃないはずだ。私は矛盾を抱えて、その矛盾に自分で苛立ちを覚えながら、それでも社会の構成員として、思考と感情を兼ね備えた一人の人間として生きている。

私の所属するコミュニティの中では私は出来損ないだけど、それじゃあ出来損ないではない理想的な人間が、社会を見渡した時に一体どれだけいるっていうんだろう。案外私のような、不完全な人たちで、社会ってのはできてるんじゃないんだろうか。

優秀で、論理に裏付けられた強い言葉を使う力を持つ人たち以外を認めない空気が流れているから、優秀じゃない私は、変化を求めることも、行動を起こすことも、前に進むことも、諦めたくなる。もういいや、どうせ自分には無理だもの、なんて思いたくなる。

うんざりだ。こんな人間には一人前に言論を唱える資格などないのだからと言い訳を続ける自分にも、そう思わされてしまうような論理偏重のこの社会にも、うんざり。人間は、論理的なだけの生き物じゃない。ポリティカルにコレクトに、生きられるわけ、ねえだろ!

(と言ってはみるものの、ポリティカル・コレクトネスの追求はやはり為されるべきだと思っているし、私は私にできる範囲で、自分が正しいと思うことを追求していく。ただ、その「正しさ」を他人にも求め過ぎるあまり、押し付けられた人が拒否反応を示してしまうことになるわけで、自分が正しいと思うことをできていない人に対して、もっと寛容になる必要があるのかもしれない。自戒を込めて)

 

やっと生きていくことに目が向くようになってきて、今まで、自分がいかに綺麗に生きようとしていたのかを自覚した。綺麗に生きることに拘泥するあまりに、そうなれなくて自己嫌悪に陥っていたけれど、そもそも生を美化しすぎていただけだった。生きることって、もっと無様な営みなんだなと思うようになった。

だから、矛盾だらけで論理破綻した感情的な思いつきであろうと、それをみっともないと嘲笑する人がいようと、私は私が感じたことを否定しないと決めた。 

私が私の感じたことを否定しないように、私と相容れない人たちが何かを感じることも、私は否定しない。だから、議論にはならない。永遠に終わらない、不毛な平行線でしかない。私はこう感じる、あなたはこう感じる、それで終わりだ。そこに正しさなんてものはなくて、各々が正しいと信じているものがあるだけだ。

議論をしたいんじゃ、ないんだ。論理的であることにこだわらないことにしたんだ。

理解できないものがある。自分とは違う考え方をする人がいる。そこにやたらめったらに優劣だとか、正誤だとかいう概念を持ち込むのは、ものすごく、傲慢だと思う。

 

ということで、がっちがちに保険をかけまくった、盛大なブーメラン記事でした。いやぁ、不毛だ。自分で書いていて笑っちゃうくらいに。だから批判は嫌いなんだ。

君の生まれた春に祝福を

昨年の大晦日にジノが出演していたミュージカル『オール・シュック・アップ』を観に行った時のことは少し前の記事で書いたが、実はあのあと、さらに2回観に行った。日帰りという強行スケジュールでの渡韓は我ながらどうかしていると思ったが、後悔しないことはわかっていたし、案の定微塵もしなかった(ただ、体力的には限界だったので日帰りはもう二度とするまい)。
 
その2度目、3度目を観に行ったときのこと、それから2月にあった札幌の雪まつりK-POP Festivalのことも、時の流れに飲まれて記録に残せないまま、また彼の歌を聴ける機会が訪れた。今日からちょうどひと月前のこと、MAGAZINE HOのミニライブだ。
 
その話の前に、少しだけ札幌のことを書いておく。その合同コンサートには、ペンタゴンの他にMONSTA XやTARGET、そしてProduce101に出演していたチョン・セウンくんが出演していた。どのアーティストも本当に魅力的でとても楽しかったのだけど、特に印象に残っているのがセウンくんだ。
 
実は、PD101を見ていなかった私は、その公演の直前まで彼のことを全く知らなかった。PD101を好きだった友人が、私が札幌に行くと話したら彼のことを教えてくれて、それで素晴らしい声の持ち主らしいと知ったのだ。
ペンタゴンを好きになってから合同コンサートに参戦するようになって、そのうちせっかくなら他のグループも目一杯楽しみたいからと、タイトル曲くらいは予習をして行くのが恒例になりつつあった。だけどその話を聞いて、彼に関してはあえて予備知識ゼロで行こう、と決めて臨んだ。神様からの贈り物みたいだというその声を、初めて耳にするのが肉声だなんて素敵じゃないか、と思ったのだ。その第一印象の衝撃を大事にしたかった。
 
それは正しい選択だった。彼のパフォーマンスは素晴らしかった。歌を、音楽をすごく愛していることがよく伝わってきたし、それを人前で披露できることに対する彼の嬉しさも見えたような気がして、真摯な人だなと思った。彼の温かい声が会場を満たしていくのがとても心地よかった。広いステージのうえにひとり立つ姿は、はじめは心もとなく感じたけれど、ひとたび彼が歌い出せば、そんなものはたちどころに消えてしまった。たったひとりで2000人の観客を魅せているその姿がすごく格好良かった。惚れ惚れとした。
 
その時に思ったのだ。いつかこうして、ソロで歌うジノの姿をみたい。ジノの声だけで満たされた空間に行ってみたい。月にいちど、Youtubeにカバー曲を載せるというMAGAZINE HOの企画があるからこそ、その思いは余計に強かった。だけど、その願いが、まさかこんなにも早く叶うなんて思わなかったのだ。
 
 
3月17日。ひと月前、『オール・シュック・アップ』の千秋楽で訪れた時より随分と寒さの和らいだソウルは、春らしい明るい曇り空だった。ライブハウスは驚くほど小さくて、人口密度が高いせいか会場の空気は白く靄がかかっていた。開演は予定より遅れ、午後5時20分くらいだっただろうか、ステージを隠すスクリーンに今までの映像が投影され、最後に「また聞きたいとは思いませんか?」と字幕。たまらずに叫んだ。
 
幕があがると、ジノはキーボードの前に座っていた。Bruno Marsの曲、"When I was your man" が始まりだった。ジノは緊張していて、途中で一度声を詰まらせてしまった。マイクを持つ手が震えているのが光に透けていたし、音程も心なしか不安定だった。だけどそんなことはどうだって良かった。私はもう涙の栓が壊れたように、最初からじゃあじゃあと泣いていた。感動、とかじゃないのだ。自分でも何がなんだかわかんないのに、涙が出てくるのだ。
 
2曲め、"너였다면" を歌い始めた時には、始めより幾分落ち着いたように見えた。私も泣いている場合ではないことに気がついて、とにかく耳を澄ませることに全霊を傾けた。ジノの声が鼓膜を通り越して私の体の中まですっかり満たしていて、けれど不思議なことに、もっと聴きたいと思っていた。私の体を構成する37兆個の細胞ひとつひとつに聴覚があればいいのに、と思いながら聴いていた。
 
挨拶するために明るくなったステージで、ジノはまた声を詰まらせた。少しだけ顔を背けて、目尻を拭うような仕草をして、それから挨拶をした。内容はあまりわからなかったけれど、緊張していること、こういう機会を得られて嬉しいことなんかを話していたと思う。彼が泣いているのを見て、結局また泣いてしまった。
 
続く3曲めは、小田和正の "言葉にできない" だった。先月の頭にあった日本公演(これには行かなかった)で披露したという話を聞いていたから、これを聞くことはないだろうと思っていた。それだけに、シノンらしき人影が照明の落ちたステージで動いているのを見てもまさかと思ったし、明るくなってそれがシノンだとわかっても、彼がピアノを弾き始めても、まだ信じられなかった。嘘みたいだと思った。本国のステージで、日本の曲をやってくれるなんて。都合のいい考えだとはわかっても、彼が日本のファンのことも頭に少しくらい浮かべてくれていたらいいなと思って、ここでもやっぱり泣いた。
 
シノンのMCで和やかな雰囲気になり、すっかり緊張の解けたジノは4曲め "Forthenight" で私の心をもう一度掻っ攫っていった。こんなに好きなのに、またひとつ好きにさせられてしまったみたいで、少し怖くなった。かっこよかったんだ、本当に。小柄な体と幼く見える笑顔とで可愛いと評されがちな彼だけれど、どこか恍惚とした表情と、赤い照明はもはや妖艶ささえ漂わせていて、ドキドキした。
 
間髪入れずに続いた멋있게 랩は、ユウトとウソクが登場したことで会場の熱気も一気に膨らんで弾けて、そりゃあもう楽しかった。私は列の端だったから、ほとんど小躍りしながら聴いていた。ここまでの4曲にあってさえ多様な声を聴かせた彼は、ラップをしていてもかっこいいのだ。知っていたつもりだったけど、ずるいじゃないか、と思った。どこまでもずるい。
 
そのあとのMCは、末っ子ラインの二人も加わってさらに愉快な雰囲気だった。言葉はあまりわからないけれど、とにかく微笑ましくってずっとにこにこしながら眺めていたような気がする。そういえば、この時だったか、ひとつ前のMCだったか忘れてしまったのだけど、シノンがジノに、「どんなミュージシャンになりたいですか?」と尋ねる場面があった。ジノは顔をしかめてしばらく考え込んだあと、なおも迷うような口ぶりで「本当にわからないんです。ラップもポップもバラードも全部好きだし……やっぱりわからない」と苦笑いして、涙腺のぶっこわれた私はまたそこで泣いた。本当に歌うことそのものを愛する人の答えだ、と思ったから。
 
またがらりと雰囲気が変わって、"좋니"、そして私が一番聴きたかった "야생화(野生花)" が続いた。
これに限った話ではないけど、特にこの2曲は、切羽詰まったような余裕のない歌い方がたまらなく胸を締め付けるようで、MAGAZINE HOのシリーズの中でかなり好きなもののひとつだ(ちなみに、一番は今年の1月にカバーしていたBruno Marsの "Finesse" なので、これが聴けなかったことだけが心残りである)。
 
8曲め、Charlie Puthの "Attention" は、セットのソファに深く身を沈めての歌い出しだった。これまた心臓を握りつぶされるほどセクシーだった。ふとした瞬間にいやというほど男性的なんだ。
 
本当に多彩な表情を見せる人だ。ともすれば、まるで違う人格がそこに存在しているかのように。もちろん、曲の雰囲気に合わせて演技もしているのだろう。そこまで含めて彼の歌なのだろうと思う。切ない空気を纏わせることもあれば、"Forthenight" や "Attention" 、このライブでは披露しなかった "I think of you" のように、少し軽薄な男らしさを漂わせることもある。そうしてくるくると姿を変える彼の自在さに、私は取り憑かれている。歌は彼をどんな人間にもしてくれるのだ。歌は、きっと彼にとって翼のようなものなのだ。
 
だけど私が彼の歌う姿を愛するのは、彼がけっして歌の世界に囚われないからだ。これは以前にも書いたことがあるけれど、彼の唇から紡がれる詞が悲しいものだったとしても、それを聴いて私が悲しさを覚えることはない。なぜなら、彼の歌声に滲むのは、純度100%の歌うことに対する愛だから。歌の世界にひらりと飛び立っては悲しい顔や気障な男の顔をしてみせるくせに、そこにいるのはいつだってジノ以外の誰でもない。だから私は彼を好きでいられるんだと思う。
 
そんなようなことを考えながら、彼の声に浸っていたら、2時間弱なんて飛ぶように過ぎていた。とにかく幸せだったことは覚えているけれど、もう記憶は霞んでいる。たとえば照明の色がどうだったとか、目を伏せた時の睫毛が作る影だとか、フイくんと歌った "I'm not sorry" でふたりがどんな風に視線を交わし合っていたかとか、本当はそういうところまで覚えておけたらどんなに良いだろうと思うけれど、私の海馬は残念ながらそんなに優秀じゃない。だけど、具体的な輪郭は見失っても、あの日の幸せはちゃんと今も私の掌の上にある。
 
最後は楽しい雰囲気で終わるのかと思いきや、"잠 못드는 밤에" と "You are not alone" で締めたことに、また彼らしいプライドを見た気がした。最後まで、彼の声を一番聴けるバラード曲にしたのかな、と。運営側からのサプライズで、アンコール2曲めで私たちはスローガンを掲げた。彼は驚いたように目を見開きながら最後まで歌いきって、それから、「ありがとう」とつぶやいた。ああ、きてよかったな、と思った。
 
年明けの日本盤のリリースイベントのサイン会で、私は彼につまらない質問をした。
 
「歌が好きですか?」
 
これを訊こうかどうか、ぎりぎりまで迷った。他の質問も考えてあった。だって、あまりにも当たり前すぎる問いだったから。今考えたら、馬鹿だなと思う。好きじゃない、なんて言うわけないじゃんね。それでも、どうしてもジノの口から聞きたかった。
 
サインを書く手を止めて、私を見上げてにっこり笑って「はい、すごく好きです」と迷いなく答えてくれた彼の瞳はまっすぐだった、と思う。
 
その時の言葉を、声を、笑顔を、何度も何度も思い出しながら、私はその2時間を揺蕩っていた。幸せだった。
 
好きだ。どうしようもなく、この人が好きだ。
ジノ、誕生日おめでとう。こうして歌ってくれて、ありがとう。あなたが歌う世界に生きることが出来てよかった。

書けない

 

書こうと思っていることはたくさんあるのに。
書けない。何も出てこない。私を書くことに駆り立てていた、あの突き動かすような衝動は、一体どこに消えてしまったのだろうと思う。

書きたい、よりも、書かなくては、の方が強い。とてもよろしくない。書かなくなったら自分が保てない気がするから、言葉にすることをやめたら私は私じゃなくなってしまう気がするから、必死に絞り出している感覚がある。無理をしている。

 

念入りに体毛を処理して、丁寧に化粧をして、耳元にピアスを飾り、体のラインを綺麗に見せてくれるちょっと良いシャツを着て、美容院に行って髪から良い香りをさせて帰途につき、明日には爪先を彩る予定を入れている。そういう自分を鏡越しに見て、悪くないじゃん、と思う。だけどそれは、私であって私ではない。私のなりたい私ではない。それが、社会がよしとする女の姿に自分を押し込める行為であることを、私は痛いほどよくわかっている。私はそうして生きながら、自分を少しずつ殺している。

「正しい」女の姿を演じていると、安心する。少しは自分が社会不適合であることを思い知らなくてすむから。だけどその実、その正しさに雁字搦めになって息ができなくて喘いでいる自分を無視している。

そのうち自分がどうなりたいのかもわからなくなってしまって、自分を殺してしまったことにも気づかないまま私は女に溶け込む。いやだ。いやなのに、こうするしか、私は生きていく術を知らない。

どうして生きていかなければならないんだろう。会社の帰り道、線路を見つめながら思う。こんな生き方はしたくなかった。

Heading to the Starry Ocean #1

セブチの2017冬イルコンをテーマに、去年の夏書いた13通りの短編フィクション

 

#1 Vernon

―― ご案内いたします。当機はただいま着陸態勢に入りました。およそ15分後に羽田空港に着陸いたします。シートベルトをしっかりとお締めください……

フライトアテンダントの機内アナウンスがイヤホン越しに耳に入った。ハンソルは思索の海から意識を引き上げ、うっすらと目を開けて周りを見回した。隣ではチャンがアイマスクをして寝ている。体がかしいで通路側にはみ出しそうだったから、ハンソルは弟を起こさないように注意しながら、そっと肩を自分の側に引っ張り寄せてやった。通路を挟んだ向こう側にはスンチョルとジョンハンがやはり熟睡していて、さらにその奥ではウォヌが本を読んでいる。ハンソルが身じろぎしたことに気がついたウォヌは、こちらを向いてひょいと眉を上げてみせて、目線だけで「見て」とジョンハンとスンチョルが寄り掛かり合って眠っている様を示した。普段は憎まれ口を叩き合っている(もっとも、殆どの場合ジョンハンが一方的にだが)兄たちの微笑ましい姿に、ハンソルも少しだけ口元を緩めた。

くん、と体にかかる重力の向きが変わって、機体が高度を下げ始めたことがわかる。ハンソルは日除けを上げて、眩い陽光に目を細めながら地上を見下ろしてみた。遥か下の方に見える街並みは現実感に欠けていて、まるでジオラマのようだ。分厚い窓の外をびゅんびゅんと雲が現れては消え、ジオラマの倍率がだんだん上がっていくにつれ、街並みが明確になっていく。同じ日本の中でさえ、東京と大阪では随分と街の印象が異なるのが上空から見ているとよくわかって、それが面白いなとハンソルは思った。

日本での公演は、残すところあと二つだ。会場が決まり、スタッフからキャパシティが一万七千人だと聞かされたとき、メンバーはざわついた。本国での公演ですら経験したことのない規模だ、不安になるのは当然のことなのだろう。ところが、心配そうなメンバーをよそにハンソルが一番初めに考えたのは、その数字がグループに所縁があるということだった。深く考えもせずにそれを口に出したら、兄たちが拍子抜けしたような顔をいっせいにこちらに向けたものだから、ハンソルはその時初めて、自分の言葉がやや場違いであったことに気付いたのだった。 

その次にハンソルの頭に浮かんだのは、“Check in”の歌詞に収まりきらなくなってしまうな、ということだった。ソウル、シンガポール、マニラ、メルボルンシドニーバンコク、香港、ニューヨーク、東京、大阪、ジャカルタ台北オークランド。昨夏のアジアツアーで回った都市をありったけ詰め込んだあの歌を創ったときから、さらに自分たちは前に進んでいるのだな、とハンソルは嬉しく思った。

13人にとって、空の旅は今や珍しいものではなくなった。デビューしたばかりの頃こそ毎度はしゃいでいたメンバーたちも今ではすっかり慣れて、ただ不足する睡眠を補うための時間に成り下がっている。しかし、ハンソルは空の上で過ごす時間が好きだった。

地上にいると、目の前のタスクをこなすだけで時間が過ぎていく。ゆっくり腰を据えて考える時間が必要だといったところで、ぎちぎちに詰まったスケジュールの中に考慮されているはずもない。

けれども飛行機に乗っている時間というのは、ただ座っているより他にすることがない。初めて24時間越えの長時間フライトを経験したときには、あまりの退屈さに辟易したものだ。飽きるほどに寝てもなお目的地は遠く、天井に設置されたモニターには、二桁のままのフライト残り時間が無情に表示される。忙しさに慣れた身にとって、強制的に与えられる、純然たる「暇」が初めは厄介に感じて、扱いに戸惑った。

しかし、散々惰眠を貪り、映画を観てはまた微睡んで、を繰り返してしばらくしたとき、ハンソルは、この時間が自分の頭の中をふわりふわりと飛んでいる詞のしっぽを捉えるのにこれ以上なくうってつけであると気が付いた。雲の上での時間がハンソルにとって大きな意味を持つようになったのは、それからのことだ。

がたん、と大きめの衝撃が機体を揺らした。窓から見える羽根のパーツが空気抵抗を大きくしようと生き物のように動いて立ち上がり、機体は滑走路の上で速度を落として、やがて止まった。

チェックイン、東京。待ってろ、横浜。歌詞に収まらない新しい街は、果たして自分たちにどんなインスピレーションを与えてくれるのだろう。ハンソルはわくわくしながら飛行機から降り立った。

 

 

愛に正しさなどあるものか

感情的になっている自覚はある。今、会社の昼休みだ。やらなくちゃいけないこともある。でも、どうしても書かずにはいられなかった。

見ず知らずの、とあるセブチファンの方の言葉がツイッターでたまたま流れてきた。セブチが大人になっていくことを寂しがるのは違う、置いて行かれたと思うな、というような呟きだった。まる12時間くらいのあいだにリツイートは60回近く、いいねは240を超えていた。

そういう風に思う人がいるのはわかる。私はその方がそう感じたことを真っ向から否定したいわけではない。たぶん、その方は、自分の好きなものを否定的に言われることが悲しかったのだろう。私だってセブチを馬鹿にされたらやっぱり悔しいし悲しいと思うから、その気持ちはものすごくわかるつもりだ。だけど、私は、その言葉にものすごく傷ついた。すごく、悲しかった。

三つ前の記事を読んでもらえばわかると思うけれど、Thanksで彼らがカムバックするまで、私のセブチに対する熱量は完全に落ち着いてしまっていた。もちろんそれはペンタゴンという別のグループによりエネルギーを割いていたからというのもあったけれど(掛け持ちができるほど器用な人間ではないのだ)、どうしても、「私が好きでいたいと願う彼ら」と「目の前にいる彼ら」がどこかで食い違ってしまったことも大きかった。

彼らは生きている。そりゃ、成長もするだろう。変わっていくだろう。それはどうしようもない。ファンが何を言おうと、悲しもうと喜ぼうと、彼らは彼ら自身のなりたい姿を目指していくのだろうし、それはすごく素敵なことで、かっこよくて、誇らしいことだ。だから、そこでひとりのファンが「こういう彼らを好きでいたい」と思うのは、たしかに、エゴと呼ばれて然るべきものなのかもしれない。

だけど、置いて行かれたと思うことも許されないんだろうか。それを寂しく思うことすら、私は許されないのか。どんな姿になっても彼らを変わらず愛し抜く、と強い気持ちで彼らを愛するあなたたちは素敵だ。でも、誰もがそうやって強くいられるわけじゃない。それは、あくまであなたの愛し方だ。たくさんある愛し方の、たったひとつだ。

物事には言い方というものがある。新曲が自分の気に食わなかっただけで「今回、微妙」と切り捨てる言葉を見るのは、私だって嫌だった。彼らが全身全霊を捧げて創り上げたものを蔑ろにするような言葉に腹が立ったこともある。だけど、その人にとって「微妙」だったのは、それはもう私やあなたや誰かにどうにかできたことではない、ただの現実だ。

彼らが生き物であるのと同じように、ファンもまた生き物だ。気持ちがずっと変わらないなんてこと、あるはずがない。

好きだからって全部を受け入れられるわけじゃないでしょう。好きな人が好きになった頃と変わってしまったら、あの頃はよかったと思うことだってあるでしょう。友人が自分を差し置いて遠くに行ってしまったら寂しくなるでしょう。同じところにいたかったと願いたくなることだってあるでしょう。

そしてそれは決して今の彼らを否定していることと同義じゃない、と私は思う。

そうだ、私は昔の彼らが好きだった。変わりゆく彼らに、焦って、ぐちゃぐちゃした感情を抱いて、でもやっぱり変わってしまった彼らもやっぱり好きだと思った。だから今もこうして追いかけているけれど、たぶんそれは本当に偶然だった。私が彼らを好きでいられることは奇跡みたいなものだ。それを当然のように扱われたくない。

大体、少年らしい天真爛漫さで私に幸せをもたらした彼らも、どこか翳りのある儚い美しさで私を魅了している今の彼らも、大人なのか子どもなのかなんて、誰がわかるというのか。ファンが理解できるなんて、それこそエゴだ。誰も彼らのことなんか見えちゃいないんだから、そこに正しいも間違いもないんじゃないのか。

たぶん私の彼らに対する愛はそんなに美しいものじゃない。だけど、彼らのことが好きだ。それは確かだし、誰にも違うなんて言わせない。あなたが純粋に素敵だと思うものを、寂しいと感じてしまう人もいる。それだけのことだ。どう思うのが正しいかとか、正しいファンの在り方がどうだとか、誰かが決められるものじゃない。

置いて行かれたと寂しく思った私は、認めよう、確かに幼稚だ。過ぎ去りし青春に拘泥し、取り戻すことの叶わない煌めきに焦がれて嘆く、哀れな人間だ。それでいい。なんと思われたっていい。私だってその感情がエゴだってことくらいわかっている。だけど、私は寂しいと感じたのだ。感じてしまったものは仕方ないじゃないか。それが間違っていると断罪されたようで、私の感覚を否定されたようで、なんだか、どうしようもなく悲しかった。

これを書くのは、怖かった。投稿するのも、すごく怖い。手が震えている。まとまらない走り書きだ。呟いた方を責めたいわけじゃないんだ。だけど、いろんな気持ちがあって、いろんな愛があって、それの何がいけないんだ、って思う。

もういちど夢を見よう

よく、この時期にコンサートをやってくれたと思う。2月5日にカムバック、そこからコンサートまではわずか2週間ちょっと。音楽番組に日々出演する傍でこのコンサートの準備をしていたのかと思うと、想像を絶するようなスケジュールだ。

SEVENTEENというグループのことを知ったのは、2017年の2月初旬のことだった。あっという間に沼に落ち、その月にちょうど日本コンサートがあると知って慌ててチケットを探した。2017年2月21日は、私が彼らの姿をこの目で見た、初めての日だ。圧倒的なステージだった。ひとつひとつのパフォーマンスに込められた彼らの凄まじいまでの熱量に熱狂した。会場を震わせる空気、高揚感、神経をびりびりと焦がし焼き切ってしまうようなエネルギー。あのコンサートは、今映像を見返しても伝説だと思う。

そこから、ちょうど1年。日付まで一緒だったのは単なる偶然なのかどうかはさておき、私にとっては大事な記念日だった。

2016年の年末にBoom Boomでカムバックしてから2ヶ月弱ほど準備期間があった一年前、そして初のワールドツアーとして戻ってきた半年前。あまりにもタイトなスケジュールの間にねじ込まれた今回のコンサートは、それらと同じようには行かないのだろうな、というのは薄々予想していた。そして案の定というか、結論だけを先に言うならば、やっぱりあの時と同じような高揚感はなかった。だけど、それは決して悪い意味ではない。こんなコンサートがあるんだ、と新鮮な衝撃を愛おしく胸に抱いて、おとといと昨日を思い返している。

勝手な想像だけど、あのスケジュールの中で、コンサートを開催すると決めることに、彼ら自身も悩んだんじゃないかと思う。本当にそれでいいのか、できるのかって葛藤して、そのうえで俺たちはやるんだって覚悟を決めて来てくれたんだろう。それだけ日本のファンを愛してくれているんだと思ったら、嬉しくてたまらなかった。

日本デビューの日付が決定した以上、どうすることも出来なかったのだろう。そして、それを他でもないコンサートで、私たちファンの前で発表することを決めたのは、きっと彼ら自身だと思う。そういう人たちだ。だから、色々な制約がある中で、無理をしてでも日本に来てくれたのでしょう。目の下の隈がくっきりと疲れを主張している空港写真、メイクでも隠しきれていなかった荒れた肌。よく来てくれた、と思う。夏のさいたまスーパーアリーナでの、メンバーへのサプライズ企画の文言が「와줘서 고마워요(来てくれてありがとう)」だったのを思い出す。私たちがあのメッセージを掲げたとき、ホシくんは涙ぐんでいたけれど、あの時も、今も、ありがとうと言わなくちゃならないのは、私たちの方なんだよ。

結局、TEEN, AGEとDirector's Cutの収録曲はほとんどやらなかった。本国でも披露していないから、と誰かが言っていた。そういうものかと思いつつ、聴きたい曲がたくさんあったから少し残念ではあった。だけど、そのぶん、今までの曲をたくさんやってくれた。表情管理も、Still Lonelyも、もしかしたらもう聴けないかもしれないと諦めかけていたのに。初日、会場に入ってステージ構成を見たときに感じたものは、表情管理のイントロが流れ始めた瞬間はっきりと確信に変わった。ああ、これはファンのためのコンサートだ、って。圧倒的なパフォーマンスで言葉を失うほどに魅せてくれたのが去年だとしたら、今回は、13人とCARATの関係性をじっくりと確認できるような、穏やかで心地の良い空気が流れていた。

初日、Helloで緩んだ涙腺は、キデ日本語版で完全に決壊した。今までコンサートでサビをファンが歌う流れがあったから、日本語になっても私たちが歌えるように、音があまり変わらない言葉を選んでくれたんでしょう。今まで私たちと一緒に歌ってきたのは盛大な伏線だったんだろうか。それとも、彼らが綺麗だと言ってくれる私たちの歌声を思い出して、日本語にしようと決めてくれたのだろうか。ずるいよ、どこまでもずるい。思い出してまた泣いてしまう。顔をべちゃべちゃにして、音程の定まらない声で「来て」と歌いながら、彼らをすごく近くに感じた。つらかったら、来て、って言っていいんだって思ったら、なんだか赦されたような気持ちになった。いいよ、と応えてくれたスンチョルがすごくかっこよくて頼もしくて、涙が止まらなかった。

 

アイドルを追いかけるようになってから2年と少し。アイドルとファンの関係性ってなんだろう、とずっと考え続けて来た。あいにく私は彼らのいう「愛してる」を、ときめきと嬉しさを持って受け止めることのできる素直さは持ち合わせていない。彼らがファンを愛しているという、それが嘘だとは思わない。でも、結局は「CARAT」という箱を愛しているにすぎないじゃないか、とずっと思っていた。

だって、箱の中身は本当はずっと変わっているのに。箱から出ていってしまった人もいれば、新しく入ってくる人もいる。でも彼らからしたら同じなんじゃないのか。アイドルとファンって、そういう関係性にしかなれないんじゃないのか。そう思っていたから、「愛してる」という言葉はどうにも宙に浮いているように思えて、苦手だった。「私が」愛そうが、「他の誰かが」愛そうが、彼らの目には大した違いではないのでしょう。私たちが特別だと信じていたいこの関係って、案外もっとずっと脆くて細い糸で繋がっているだけなんでしょう。

だからファンでいることが時たま苦しくなる。自らをファンであると認めるとき、私は私であることを諦めなくてはならない。ファンであるということは、代替可能であるということだ。所詮はOne of themでしかないのだ。私にとって推しはこんなにも大切で、愛おしくて限りのない存在なのに、それは残酷なまでの一方通行だ。

そう、思っていた。昨日までは。

ジョンハンが昨日、最後のコメントで言っていた、「後ろの方の人までひとりひとりと目を合わせたかった」という言葉、それ自体はアイドルの常套句ではあるけど、ああこの人は本気でこれを言っている、と思った。本気で私たちひとりひとりと、CARATという枠組みじゃなく個人として向き合おうとしてくれている、と。スングァンもそうだ。学生も会社員も、カップルで来た方も、ってあの会場にいるひとりひとりが違う人間なんだってことをわかっていなければ、さらりとああは言えないだろう。

箱の中身が刻々と変わっていくことを、きっと彼らは承知している。セブンティーンイヤーを通してたしかにひとまわり大きくなった彼らから離れていった人も、私のように離れるとまではいかないにせよ一旦は熱が落ち着いた人も、それなりに見かけてきた。たぶん彼らはそのことに気が付いていて、そしてそのことに傷つくだけの柔らかさをまだ持っている。それでも離れていく人を引き止めることは彼らには出来ないから、道を決めたら進むことしかできないから、ずっと葛藤しながら、不安を押し込めながら、私たちの前に立とうとしているんじゃないか。昨日スンチョルが、「俺たちについてこい」ではなく、あくまで私たちに決断を委ねるように「SEVENTEENの夢に、ついてきてくれますか?」という言葉で尋ねたのは、そういうことだったのかもしれない、と思う。真剣な面持ちの後ろに見える緊張の色は、きっとテレビが入っていたからじゃない。生放送の収録のあとに公式があげた集合写真は、全員良い顔をしていた。日本のCARATが受け入れてくれて嬉しかったのかな、って都合の良い解釈をして嬉しくなった。

うん、正直に言おう。日本デビューの日がいつか来るであろうことはわかっていて、私はけっしてそれを待ち望んでいるタイプの人間ではなかった。だけど、スンチョルの、途轍もない覚悟が込められた表情がとんでもなくかっこよくて、あんな真剣な顔を見せられたら、ついていきたいと思わずにはいられなかった。日本でデビューすることを、夢だと言ってくれるんだ。アンコールVCRの、「CARATはぼくたちのみちしるべです」というホシくんのメッセージを思い返して、思わず込み上げるものがあった。きっと、ここまでこぎつけるのに、私たちには想像もつかないほど大変なことがたくさんあったんだろう。そのみちしるべになったのは、ほかでもない私たちなんだ。

韓国アイドルの日本デビューにたいして、一般的に否定的な声が少なからずあることを彼らがどれほど知っているのかはわからない。けれど少なくとも、彼らは、日本でデビューするということが大きな、重い決断であると思っている。そしてきっと、決断には痛みが伴うものだということも、よく知っているはずだ。だから、あんな真剣な発表だったんだろうと思う。痛みを甘んじて受けて、それでも彼らはこの道を選んでくれた。それどころか、それが彼らの夢なんだと言ってくれるんだ。夢みたいだ。嬉しくてたまらない。

「セブチを見ていると可哀想になる」と言っているひとを見かけたことがある。私の大事な人たちを憐れむような響きに、あまり良い気持ちはしなかった。その人がどういう意図でその言葉を発したのかはわからなかったけれど、彼らの生き様を否定されたような気がしたのだ。だけど、同時になんとなくわかるところもあって心に靄がかかった。なんというか、危ういのだ。自らにアイドルであることを徹底的に強いるうちに、消費されつくして飲み込まれてしまいそうだな、と思う時がたまにある。ファンに媚を売っている、と受け取る人がいてもおかしくはないだろうな、と。

でも、今なら言える。可哀想なんかじゃない。SEVENTEENらしく、という言葉が全てだ。世界で一番、かっこいいグループだ。

一生という言葉はきらいだ。確かなものを私は信用したくない。どうせ変わっていってしまうから、だったら永遠なんて信じないほうが楽だ。そうやって夢をみることなんてとうの昔にやめて、口癖のように死ぬことを望んで、逃げるようにただ毎日を生きるのが精一杯だった私が今、彼らの夢を一緒に見たいと思っている。一生好きでいられたらいいと願っている。アイドルオタクなんて、って思う人もいるでしょう。だけど、彼らは私の希望なんだ。

私はこのグループを応援していることを、心から誇りに思う。この人たちに出会えて、楽しくてわくわくして愛おしさに溢れる時間を一緒に過ごせることが何よりも幸せだ。

고맙다, 세븐틴.