Let's Get Lost

僕に力をくれ、もっと強くなってみせるから

1ダースの若さに捧ぐ

昼食後に椅子に座り通しでパソコンと睨めっこをしていれば眠くなるのが筋というもので、眠気覚ましにふらりとデスクを離れ、エレベータで30階分を落っこちてコンビニまで小さな逃避行をした。そのコンビニのフィナンシェが私のお気に入りで、今日もおやつにそれを買うつもりだったのだが、ふと目に止まった赤い箱に、思わず手が伸びた。

12個入り108円のそのミルクチョコレートは、どのコンビニにも必ず置いてある。期間限定でもない、ありふれたその赤い箱が、わたしたち二人にとってだけ特別な意味を持つようになったのはいつからだっただろうか。

初めて会話をした時のことは、よく覚えている。16の夏だから、もうかれこれ8年ほど前になろうか。彼とは、学習塾が同じだった。集団授業の塾ではなくて、2、3人の生徒を一人の先生が順番に見る個別指導のところで、だから生徒同士が会話することはあまりなかった。ただ、帰りの電車の方向が同じだったから、成り行きで一緒に帰ることになったのがきっかけだったと思う。お互いに人見知りをする性格ではなかったこともあり、私たちはあっという間に意気投合した。たまたま、彼の降りる駅が私の乗り換える駅で、二人でプラットフォームに降りて、じゃあね、と別れの挨拶をした。彼はまたね、と言って私に背を向けて2、3歩進んだところで、つと足を止めてこちらに戻ってきた。

連絡先、交換しよう。彼がそう言って、私たちは赤外線通信でお互いの連絡先を折りたたみ式の携帯電話の中に収めた。あの時、めちゃくちゃ緊張してたんだよね、と彼は後にその時のことを振り返って笑った。私は君がそう言い出してくれるのを期待してたよ、と言ったら少し照れ臭そうにしていた。

通う学校が違ったから、私たちはお互いにうってつけの話し相手だった。何せ、共有する人間関係がないのだ。どんな愚痴を言っても心配することのない関係性は驚くほどに楽で、私たちは色々な話をした。

彼の声が好きだった。楽しそうな笑い声も。家族の話、学校の先生の話、友達の話。将来の話。そう、あの頃はまだ私も先のことを夢見るだけの力があったのだ。

地球が太陽の周りを半周して、私は17になった。冬期講習で彼とは毎日のように顔を合わせていて、私が誕生日だと知ると、ごめん、何も用意してない!と申し訳なさそうな顔をした。チョコとかでいいよ、と私は笑って、二人で休憩時間にコンビニまで買いに行った。これがいい、と当時はまだ105円だったそれを指さすと、こんなんでいいの?と怪訝そうな顔をしながらも、彼はそれをレジに持って行った。

また季節がひとつ動いて、春になって、今度は彼の誕生日に、やっぱり私もそのチョコを買った。

顔を合わせるのは週に2回だけだったけれど、私たちは折りたたみ式の小さな端末に言葉を降り積もらせ続けて、出会って二度目の夏が来た。男子校に通っていた彼の学校の文化祭に一人で遊びに行って、彼の友人たちに、彼女?と冷やかされたこともあった。あの時彼はどんな顔をしていたのだろう。ちげぇよバーカ、とあしらっていた声は耳に残っているけれど。

高校生御用達の安いファミリーレストランで9時間話し続けたこともある。昼過ぎに入って軽食を食べ、あとはドリンクバーで夕方まで居座った。夕食時になって退店を促され、夕飯も頼みます!と言うことのできた図々しさも、若さのひとつの形だったのかもしれないと思う。

当時私は二つ上の高校の先輩と付き合っていた。先輩はとてもいい人だったけれど、その人が愛してくれるほどに自分が愛を返せないことに、私はずっと引け目を感じていた。彼は別れを切り出せない私の話に辛抱強く付き合ってくれた。今にして思えば随分と最低なことをしたものだと思う。どっちに対しても。なんとなく彼の好意が自分に向いていることは気が付いていたし、私もとっくに彼に惹かれていた。

ほどなくして私はその先輩に別れを告げて、なんの違和感もなく、私たちはお互いの想いを確認した。けれど、まだ恋人ではなかった。17歳の秋のことだ。私はすでに推薦で大学の進学が決まっていて、彼はこれから受験本番というところだった。

彼女ができて、浮かれて大学に落ちるなんてことにはしたくないから。彼はそう言って、冬が終わるまでは私には会わない、連絡もしない、と宣言した。私はわかった、と頷いた。

2ヶ月ほど経って、彼と出会って二度目の私の誕生日に、私は自分でチョコを買った。その日をどう過ごしたのかは覚えていないけれど、たぶん高校の友人たちが祝ってくれたりしたのかもしれない。とにかく私は、彼からの電話には気が付かなかった。

着信履歴に気が付いてから音声を再生するまでの数秒の、あの胸の高鳴りはきっともう味わうことはないのだろう。留守番電話に残されたメッセージ、久しぶりの彼の声。

なんで気が付かなかったんだろう、とほぞを噛みながらも、受験終わるまでは会わないときっぱり言った彼の意志の強い目を思い返してやっぱりこれで良かったのかもしれないと私は思った。電話を掛け直そうかひとしきり逡巡した挙句、結局は留守電聞いたよ、ありがとう、と短いメールを送るに留めた。連絡を取らなくなってからも何度も読み返していた、彼との言葉のやりとりが降り積もったフォルダを開くのは、考えなくても指が覚えていた。

国立の難関大が第一志望だった彼の冬が終わるのは遅かった。前期はだめで、連絡が来たのか、会ったのかは覚えていない。結局、後期も彼の努力は実らなくて、彼はもう一年頑張ることを決めた。

そうして私達は晴れて恋人になったけれど、私は春に進学し、彼が予備校に通うようになると、あっさりと私達はすれ違ってしまった。私は新しいことづくめの毎日に心を奪われてしまったし、彼はそんな私にもどかしさを覚えていたのだと思う。

何より、気兼ねなく話せる間柄ではなくなってしまった。友人として一緒にいた頃は、ふたりのあいだに問題なんかなかったから、私達は個々に抱えたものをお互いに吐き出しては支え合うことができたけれど、恋人同士になったら、それはうまく行かなかった。うまく行くには、きっと若すぎたのだ。

夏になる頃、私たちの関係は終わりを迎えた。別れを面と向かって切り出す勇気がなかった私は、一方的に連絡を絶って彼から逃げ出した。それがひどく傷つけることだとわかっていた。

次の春、彼が第一志望の大学に合格したことはSNSで知った。勝手な終わりを突きつけておいてわがままな話だとはわかりつつ、やっぱり嬉しくて、画面を見て小さくガッツポーズをした。

数年後に再会したとき、彼は、あのあと飯が全然食えなくなって大変だったんだからな、と口を尖らせた。ごめん、本当にごめん、と私は謝った。しばらく会わない間にそれぞれ新しい恋もしていた。それからも何度かふたりで食事に行った。相変わらず彼は話しやすかった。だけどどこかで付き合う前のような関係には戻れないことを、ふたりともわかっていた。次第にまた遠ざかっていった。たぶん今度こそ、もう交わることはないのだろう。

コンビニで見かけるいつもの108円の横に、新発売!とポップのついた、200円の赤い箱が並んでいた。同じシリーズの、パッケージには金色でおしゃれな模様がプリントされていて、オレンジピールやナッツが入っているプレミアム版だ。少し迷ってそちらを手にとった。

デスクに戻り、コーヒーと一緒にそれを口に運びながら、大人になったなあ、と思った。オレンジピールがふわりと香るそれはすごく美味しくて、けれどシンプルなミルクチョコレートが恋しいような気がした。

 

ありがとう、なんてまだ言わせない

もうだめかもしれないと思っていた、矢先のことだった。好きになって、ちょうど1年。もう一度、魅せられてしまった。
SEVENTEENの新曲について。

 


[MV] SEVENTEEN(세븐틴) _ THANKS(고맙다)

 

もともと飽きっぽい性格なのは自覚している。何かを長く続けることができた試しはない。

K-POPで一番最初に好きになったEXOへの熱は、そんなに長いこと持たなかった。もっともそれは、推しがレイに定まった頃には、彼がほぼ母国での活動に専念しつつあったからというのが大きい。Monster/Lucky One活動期がひと段落し、年が明けて彼がぱったりEXOにいられなくなってしまうと、中国での活動まで追うほどのバイタリティはなく、ちょうど入れ替わるように私の生活に入り込んできたのがセブンティーンだった。

初めは戸惑うことばかりだったアイドルオタクという職業(?)にも随分と慣れた頃だったこともあり、大学院を辞めて暇を持て余していたこともあり、EXOとは桁違いの熱量を彼らに注ぎ込んだ。香港公演で初めて一人で海外に行ったり、小説を書くようになったり、ツイッターを通じて知り合った人たちと遊びに行ったり、月並みな表現だけれど彼らのおかげで、ジュンのおかげで、私の世界は明るくなったのだ。

好きになって初めてのカムバックはDon't Wanna Cryだった。衝撃的だった。それまで私が見てきたセブンティーンとは全く違う姿をまざまざと見せつけられて、さらに虜になってしまった。一体これから先、どれだけ新しいものを見せてくれるのだろう、とどきどきした。けれどその一方で、ぐっと憂いを帯びた姿を目にして、今までのセブンティーンから抜け出そうとしていることに一抹の寂しさを覚えたのも事実だ。きっと同じように感じた人は多いことだろう。私が目を奪われた、きらきらと輝く純粋な青春の象徴たる彼らは、きっともう戻ってこないのだな、と。天真爛漫で鮮やかな少年性に惹かれた私のような人間にとって、彼らの変化はあまりにも急だったから、もう少し待って欲しかった。もう少し、その若くて青い夢を見せて欲しかった。

その寂しさは、その後セブンティーンプロジェクトとして新曲が次々と発表されるにつれて私の中で無視できない感覚になっていった。ジュンのことが、13人のことが好き。彼らの音楽も好き。なのに、その二つの「好き」はいつしか別々のものとして私の中に存在するようになった。Shining Diamondとか表情管理を聴く時に覚える感情と、Teen, Ageの収録曲を聴く時のそれとは、確かに言葉でくくればどちらも幸せなのだけど、確実に違うものだった。表情管理のイントロの、ピーンとはねるような音と一緒に感じる胸の高鳴りが、どうしようもなく恋しくてたまらなかった。当時の彼らにしか持ち得なかった若さ特有の泥臭さ、荒削りの輝きみたいなものは薄れて、彼らの纏う空気にどきりとするような影のある色香が濃くなっていくのが切なかった。

なんだか、随分と焦っているように見えた。早く大人にならなくては、と彼らが背伸びをしているような気がして、そのちぐはぐさには惹かれつつも、やっぱり無垢なままでいてほしいというファンのエゴが拭いきれなかった。

その感覚が大きくなっていくのと同時期に、ジノというボーカリストに出会ってしまった。次第にそちらに傾ける熱量が増えていくのを自覚して、どこかで諦めのようなものを感じた。ああ、またか、と思った。自分が飽きっぽいことは昔からわかっていたから。ただ、いっときはあれだけ心酔したものを、あっさり冷めてしまったと認めることも怖かった。ジュンが好き、というその一心でこの数ヶ月を生きてきたから、それがなくなったら、まるで心の拠り所がなくなってしまうかのような心許なさがあって、頑なに自分はまだ好きなのだと言い聞かせるようにやり過ごした。

でも、所詮「やり過ごしている」に過ぎないことは自分でもわかっていたから、苦しかった。好きじゃなくなった、というにはあまりにも好きで、でも前と同じではないことも確かだった。ジュンへの気持ちが宙吊りになったまま数ヶ月が過ぎて、セブンティーンは11月にまたカムバックをした。

Teen,Ageに収録された新譜はどれもめちゃくちゃにかっこよかった。好きだった。でもやっぱり、ティーンエイジというには随分と大人びていて、彼らを好きな気持ちと、彼らの音楽を好きな気持ちのあいだの隙間は埋まらないままだった。

もうだめかもしれない、という思いが強くなっていた頃に、彼らが再びカムバックするという話が上がった。これでだめだったら、そこまでだな。そんな思いがあったままだったから、楽しみと同じくらい不安を抱えたまま、5日の午後6時、私は携帯とイヤホンを持って会社のトイレにいた。

 

だめだった、やっぱり。でもその「だめ」は、私が覚悟していた「だめ」ではなかった。

笑っちゃうくらい、あっさりと。セブンティーンイヤーで醸成された翳りのある空気はそのままに、彼らは私の心をもう一度奪っていった。「彼らが好き」でもなく、「彼らの音楽が好き」でもなく、彼らが歌う彼らの音楽が好きだ、と久しぶりに思った。便座に座り込んだまましばらく立ち上がれず、震える手でもう一度再生ボタンを押しかけて、これ以上は泣いてしまうと踏みとどまった。

置いていかないで欲しかったんだ、と気がついた。年齢は私より若い彼らが、私よりもずっと大きな世界を見て、私よりもずっと先を見据えて歩いていて、その背中がどんどん遠くなっていくようで寂しかった。不安だった。私の知らない彼らになってしまうことが悲しかった。

何言ってんの、僕らはちゃんとここにいるでしょう。すっかり遠くなったとばかり思っていたのに、すぐ目の前で、彼らが柔らかく笑っている。そんな曲だと思う。

今までの彼らの曲を聴くたびに、溌剌とした彼らのパフォーマンスを観るたびに私の胸に押し寄せてきた波は、自分の学生時代を思い返すときと同じような、甘酸っぱい過去への憧れだった。もう二度と手にすることのできない、手をすりぬけてしまった煌めきへの郷愁。私はまだ過去の甘い夢に浸かったままでいたくて、それなのに彼らが見据えているのはいつだって未来で、私が感じていた隙間はそこにあったのだ。

ジュンの踊る姿に、ハッとした。ねえ、いつまで過去のおれを見てるの。
どんどんかっこよく美しく強くなっていくジュンが、私の好きになったジュンじゃなくなってしまったように思っていたのかもしれない。本当に、勝手な話だと思う。もうすぐ22になる青年はそれでもあどけなさを残したまま、今、私と同じ時間を生きているのに。

好きとか、可愛いとか、今まで飽きるほどに口にしてきた。
でも、一人で踊るジュンの姿を見て私を襲ったのは、この人が大事だ、という気持ちだった。誰かに対して、こんなに強く、こんな風に思ったのは初めてだ。それはもう、目が眩むほどに強烈だった。自分の中にこんなに強い感情が眠っていたことに驚いたくらいだ。

ありがとう、じゃないよ、ばか。
ここが一区切りだというなら、もういっかい最初から。君を大切に、大切にするよ、めまいがするほど。

血をもって書け

 

首の後ろかどこかに、スイッチがあればいいと思う。そうしたら私は毎日、午前8時半、会社のビルのエレベータに乗るたびにそのスイッチをぱちりと点けるのに。それからデスクに座ってノートパソコンを開き、メールを確認する。会議に出て、上司と当たり障りのない会話をしながら昼食をとり、資料をまとめて、定時を少し過ぎたら、飲み終えたカフェラテの容器を捨て、机に鍵をかける。社員カードをセキュリティーゲートにタッチしたら、またぱちり。閉じていた感覚が開いて、妙に赤みがかった月とか、膨らみ始めた木蓮の蕾とかにうきうきしながら帰途につく。そんな風に、できたらいいのに。

 

文章が書けなくなった。小説だけじゃない。というか、書かなくても平気になってしまった、というのが正しいのだと思う。それがすごく嫌だ。自分が死んでいくみたいで。

少し前までは、書かずにはいられなかった。寝ることも食べることもそっちのけで、文章を書くことしか考えていなかった。大学院を逃げ出してから働き始めるまでの約1年の間に綴った文章は一体どれほどだろうと思い立って、過去のブログの記事や書いた小説をざっくり足してみたら、25万字を越えていた。言語化するのに時間がかかるタイプだし、これがけっして多い数字だとは思わないけれど、それにしても必死だった。

書くという行為は、病んでいないとできない。同じように文章を書く友人と、以前話したことだ。彼の表現を借りるならば、世界との不協和があるから書くのだ。言葉をもってして、自分と世界との間隙を埋めようと躍起になるのだ。自分を世界に繋ぎ止めておくために、書かなくてはいけないのだ。私が惹かれる文章を書く人の多くは、同じようにどこか世界からずれている。溶媒たる社会にすんなり溶け込めない人たちの綴る文章は切実で、鋭くて、美しい。ニーチェがいうところの、”血をもって綴られた” 言葉たちだ。

生きることは、ずっと苦しかった。死にたい、と思い続けてきた。「普通の」「ちゃんとした」社会の構成員として生きることができないのは、しんどかった。私は弱くて、あらゆるものに簡単に傷ついて、歩けなくなって、泣いて泣いて泣き喚いて、命を終えることを本気で望んでいた。そりゃあ、苦しかった。私はその苦しさを、書くことで癒やしていた、と言ったら大仰かもしれないけれど、でもそういうことだった。書いているときは気が楽になったのだから。

今振り返ってみると、そこから随分と遠くまで来たものだと思う。歩けるようになって、景色が変わっていくのが楽しくて、自分のことが好きになれたような気がして、見える世界は明るくなった。鬱がひどかった3年間を知っている人は、口々に「良かったね」という。良かったんだろう、と思う。私は今親元を離れて、自分の力で生活していて、毎日会社に行って働いているし、ご飯も作る。洗濯をして、掃除をする。ちゃんと、生きている。一人じゃ風呂に入ることも着替えることもできなかった頃から比べたら見事なものでしょう。私は「社会復帰」を果たしたんだ。良かった。

 

......本当に?

強くなった。確実に。悩むことがまったくなくなったわけではないにしても、受けるダメージは明らかに軽くなっている。生きやすくなったともいえる。でも、違和感は確かに私を苛んでいる。

ひたすら感覚を閉じて毎日をやり過ごしている。怒るな、悲しむな、傷つくな。些細なことにいちいち揺れていたら、すぐに壊れてしまうから。感じない、何も感じない。そうやって「ちゃんとした」社会の構成員をやるには、私の心の大事なものが犠牲になっている。便利なスイッチなんかついていない私は、感覚に蓋をして、それを開く術を失いつつある。

喩えて言うならば、指先の神経が少しずつ鈍くなっている感じ。触れているのかそうでないのかわからなくなっていく、確かに自分の体にくっついている手の一部であるはずなのに、それが自分のものだという感覚がどんどん失われていく。それと同じなのだ、自分の心の感覚が失われていくのだ。

花弁についた雫に触れることができるのも、痛みを感じることができるのも、ひとえに指が自分のものだからでしょう。痛みを感じなくなってしまうということは、その雫の冷たさも感じられなくなってしまうことと同義だ。そんなのは嫌だ。痛い方がずっとずっと良い。あの時苦しんでいた私は、確かに私だった。あの苦しみや恐怖は紛れもなく自分のもので、自分の感覚だった。

私が書くのをやめたところで、呼吸を止めたところで世界は変わらないんだからって思うけど、世界は変わらなくても私の世界は私の感覚を通してしか成り立っていないんだから私が感じてなくちゃいけないのに、わかんない、見えない、聞こえない、触れない。

誰の人生を生きているのか、わからないんだ。自分と同じ見た目の自分ではない誰かが、勝手に生活を回している感覚はずっとむかし、小学生の頃からあったけど、最近は、その誰かが私を乗っ取ろうとしているみたいだ。怖い。怖くてたまらない。私が飲み込まれていく。どうすればいい?

 

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ミュージカル "ALL SHOOK UP" 参戦記

ソウルの旅行中に書きはじめて途中までになってしまっていた文に書き足した。2017年最後の日、幸せだった時間のはなし。

明けましておめでとうございます、が挨拶としては正解なんだろうけれども、年末の空気を味わう間もなく新年はずかずかとやってきてしまって、受け入れる準備ができていなかったものだからどうにも新鮮な気持ちになれそうにない。またいつも通り一日が終わって、次の一日が始まっただけのように感じる。

慌ただしい日々の隙間に書きこぼしたことがたくさんある。本当はそれをひとつひとつ丁寧に掬いあげたいけれど、そんなことをしていたら今度は新しくやってきた出来事が掌から零れ落ちて行ってしまう。仕方がないから、今掴んでいるものだけでも繋ぎとめておかなきゃいけないし、そうすると後ろに流れたものからは目を逸らすしかない。生きていくってそういうこと、なのでしょうね。

そんなわけで、今私の掌にあるのは、数時間前の去年の話。

 

ジノが出演しているミュージカルを観に、ソウルに来ている。渡韓自体が初めてのことだから、旅行記としても色々書き残しておきたい気持ちはあるのだけど、ともあれここでは公演の感想を。

旅行は4泊5日、友人と二人で来ているのだが、この日は私の希望で終日別行動。ひとりで夕方までソウル市内をぶらつき、その足で会場に向かった。

コンサートの時とはまた違う、演劇やミュージカルの公演直前の空気が好きだ。開演5分前を知らせるブザーが鳴り、観客もあらかた席について、声を潜めて家族や友人、恋人たちと会話している時。意味を成さない音の群れが私を柔らかく包み込んで、自分の肌が私と外の世界を隔てている感覚が際立ってくる。

緩やかな5分間が過ぎて客席の照明がじわりと落ちると、ざわめきの余韻が闇に溶けて、人々の息遣いだけしか聞こえなくなる。世界と私の境界線がまた滲んで、自分の息もその闇に溶けていく。そこから音が流れ出すまでのほんの一瞬、「何を見せてくれるのだろう」という静かな興奮が心臓の奥からぶわりと私の体を走る、その瞬間がたまらなく好きだ。

 

私の通っていた大学は、演劇やミュージカルの上演が盛んだった。私自身は大学に入るまでそれまで特にそういったジャンルに興味があったわけではないから、何がきっかけで学内公演にしばしば足を運ぶようになったのかは覚えていないが、たぶん公演に関わっていた友人にチケットを売りつけられたとか、そんな感じだったのだろう。ところがいつしかその魅力にとりつかれて、学内公演はかなりの数を見に行った。そのうち好きが高じて、大学4年になってから演劇のサークルに参加し、実際にプロダクションメンバーとして関わるようになった。最初は裏方のスタッフとして仕事をしていたが、卒業直前にはキャストとして舞台に立ったりもした。

その時の感覚が、今回の公演を観ながら鮮やかに思い出されて、なんだか長いこと閉じていた気持ちが、久しぶりに外の空気に晒されたような心地だった。そう、楽しかった。とても。

 

韓国はもともとミュージカルが盛んな国だというイメージはなんとなく持っていたのだけど、今回でハマる気持ちがよくわかった。底抜けに明るいストーリーだったこともあるのだろうけれど、とにかく俳優さんたちがとても楽しそうに演じるのが、すごく印象的だった。

思った以上にディーンが終始いちゃいちゃしていたものだから、(不本意にも)複雑な気持ちになったりしたものの、なんせ相手役の女性も笑顔が眩しくて、ステージにいるとパッと空気が華やぐような可愛らしい人だったし、とにかく登場人物が一人残らず愛おしいのだ。

ストーリーとしては、まぁ、ベタだなと思う。だけど、それがいい。バイセクシャルを自認する私としてはやや複雑な気持ちになるシーンもあったとはいえ(作品の中での描かれ方そのものというよりも、主人公が同性に恋をしていると自分で受け入れるまでの過程を観客が「笑いどころ」と捉えているのが残念だった)、賑やかな空気に身を任せているうちに自分が抱えているものがばかばかしくなってしまうような、そんなパワーを持った作品だ。めっちゃくちゃ元気になる。終演後、会場を出るなり私の皮膚を刺す冷気すらも愉快に思えるくらい世界がハッピーになる。凄いんだ、ステージの持つ力って。

ヒロインのナタリー、その想い人である主人公エルビスとともに愉快な三角関係(四角関係ともいう)を繰り広げるミス・サンドラというキャラクターがいるのだけど、私が観た回でこの役を演じていた정가희さんという人が、歌唱力はもちろん、もうほんっとうに綺麗で華やかで艶やかでコミカルで、大好きになってしまった。エルビスを演じる허영생さんもカリスマティックな魅力がある人だったし、제이민さん演じるナタリーの素朴でさっぱりとした可愛らしさもとってもキュートで、ああとてもじゃないけど言葉を尽くしきれない!それから親世代の俳優さんたちもスーパーかっこよかった。マンマ・ミーア!なんかもそうだけど、模範的な存在としてではなく、母親や父親自身がひとりの人間として恋をしたリ悩んだり時々ちょっとダサかったり、そういう描かれ方をしている作品はいいよなと思う。

あー、書いているうちにどんどんとまた観たい気持ちが募っていく。推しが出ていればこそ観に行った作品ではあったけれど、これはジノがいなかったとしても普通に観に行く価値のある公演だった、と思う。

 

とはいえ、間違いなく私の目当ては彼だったわけです。
個人的に私がものすごく興奮してしまったのは、歌手としては間違いなくトップレベルの実力を持っている彼が、ミュージカルの世界では決してそうではない、ということ。音は絶対に外さないし、ビブラートだって完璧だ。だけど、声量が、圧倒的に他の俳優さんたちに及ばない。たぶん、発声の方法からして違うのだろう。

毎度のことながら勝手な想像ではあるけれど、歌に少なからず矜持を持って生きているはずの彼は、この世界に入ってそれなりに悔しいと感じているんじゃないだろうか、なんて思ったら、どうしようもなくグッと来てしまったのだ。

この先もこういう舞台での仕事があるかはわからないけれど、また知らなかった顔が垣間見えた時間だった。

本当は、ミュージカルに出演するジノを見に行こうかどうか、少しだけ迷ったのだ。だって、私が好きなのは、歌うことが好きでたまらないチョ・ジノというひとりの人だけど、ミュージカルの中では彼はチョ・ジノではなくてディーンという人として存在しているから。ケチな話だけど、決して安いとは言えない金額を払って、やっぱり私が観たかったジノはこれじゃなかったなあ、なんて終演後思ったりしたらどうしよう。そう思っていた。

杞憂だった。全くの杞憂だった。
だって、あのステージの上にいたのは、やっぱり私の大好きなジノだったんだもの。

演じきれていない、わけではない。なんだけど、ほんの刹那、ディーンの表情の裏に、あの私が好きな、気持ち良さそうなジノの顔が覗く瞬間があった。胸をぎゅうと掴まれるようだった。たぶん、隣に座っている人は私がなんで泣いているのかわからなかったことだろう。でも、ジノの声だった。ジノの声が、意識とか理性とか全部通り越して私を震わせて、気が付いたら視界が揺らいでいた。たまらなく幸せだった。

そういう次第なので、再来週、まさかの日帰りという超強硬スケジュールでまた観てきます。あぁ、2月分のカードの引き落としが怖い。

そして明日は!リリイベ!

会いに行く

むかしは、一駅隣はもう見知らぬ街だった。電車を寝過ごしていつもと違う駅のホームに降り立つだけで、なんだか冒険をしているようなそわそわがあった。それがいつしか大人に近づき、行動の範囲が広くなって、知らない街は減った。未知の世界にときめくチャンスも少なくなってしまった。そんなわけないのに、東京のことならなんとなくわかるような気がするようになってしまった。大人になるって、もっと素敵なことだと思っていた。つまらないな、と思う。

今、名古屋に向かう新幹線の中にいる。刻一刻と街並みが変わっていく。あ、知らない街だ。窓の外を眺めながら、少し嬉しくなる。

働くようになって、多少自由に使えるお金は増えた。とはいえ、家賃だの光熱費だの食費だの、今まで実家暮らしで親に頼っていた部分も全部自分で賄うようになっただけに、湯水のように使うわけにも行かない。服も化粧品もよほど必要に駆られない限りは買わないし、外食もほとんどしない。欲しくないわけじゃないけれど、切り詰められるところはそうしていかなければ、とてもじゃないけど火の車になってしまうからだ。

そうまでする理由がアイドルなのだといったら、笑う人もいるのだろう。

ペンタゴンに沼落ちしてからというもの、趣味にかけるお金にさらに見境がなくなった。コンサートやイベントが発表されるたびに、条件反射のように申し込みをする自分に違和感を覚えたこともある。本当に会いたくてやっているのか、お金をつかうことに酔っているだけじゃないのか。意地を張っているだけじゃないのか。これを愛と呼ぶのは果たして妥当なのだろうか。そんなことを考えた。今日の名古屋も、本当は幾度かキャンセルを考えた。惰性で会いに行くのは嫌だった。

今、移ろいゆく車窓の外を眺めながら静かにざわめくこの心が答えだろう。去年の9月にジノの声に魅せられてから3ヶ月と少しの間に、今までからしたら考えられないほどイベントに足を運んだ。目の前で歌う姿を見てきた。それでもなお、今日また彼が歌う姿を見られることが、嬉しい。嬉しくて仕方がない。

元来、飽き性な性分だ。いつまでもこの熱が続くとは、もとより思っていない。それでも、今この瞬間、私は彼に会いに行くことを選んだのだ。それは私自身の選択であり、私自身の意志なのだ。

何を決断するにも親の顔色を窺ってきた自分が、会いたいと思って、会いに行くと自分で決めて、自分で稼いだお金で会いに行く。それがどれだけ私にとって大事なことなのかは、私だけがわかっていればいい。

知らない景色の中を、ただ走り抜けていく。今から会いに行くんだ。会えるんだ。この気持ちを大事にしていたい、と思う。

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PENTAGONスペシャルライブ参戦記

今、11月20日月曜日、午前1時40分。数時間後には会社に行かねばならないのです、が。これを書かずして週末を終えることはできまいと、夜を徹する覚悟で綴り始めた。これは、今残さないとだめだ。だって、まる一日経っただけで、もう夢みたいなのに。それでも確かに昨日が現実だったのだというナマの感覚が、僅かにでも残っているうちに。

札幌KMF参戦記を書き終えるのを待たずして迎えてしまった、今月2度目のペンタゴン

2017年も残すところあとひと月と少しというところまで来て振り返ってみると、今年は随分と好きな人たちに会いに行った一年だった。2月、セブチ冬イルコン。5月、EXOペンミ、KCON。7月、セブチ夏イルコン。8月、セブチ香港公演。9月、横浜KMF。11月、札幌KMF、そして今回のスペシャルライブ。いくら費やしたのかは考えないことにするとして、ひとつとして後悔しているものはないし、どれも紛れもなく宝物みたいな、大事な時間だ。

だけど土曜日は、それらの中でもとびきり特別だった。一番だった、といってもいい。いや、あれ以上はきっと二度とあるまい。たとえこの先行くコンサートでことごとく最後列しか当たらない呪いにかかったとて、それを甘んじて受けようと思いたくなるくらいの、一生分の運を使い果たしたとしか思えない、そんな時間だった。

 

会えることの怖さ

ペンタを好きになる前から応援してきたEXOもセブチも、当たり前のように遠い存在だった。他をよく知らない私はそれが普通なのだと思ってきたし、それでいいと思ってきた。彼らがアイドルとして存在していることが幸せで、私は私の好きなように彼らを愛しているだけだから、そこに一定の距離はあって然るべきだと思い続けてきた。

一度だけ、会えやしないかと僅かばかりの期待を込めて、セブチのサイン会に応募したことがある。たかだか数万円積んだ程度で当たるはずはなかったのだが、落選がわかった時、大層安堵したのを覚えている。

一度会ってしまったら、歯止めが効かなくなりそうで怖かった。それに、自分がOne of themにすぎないのだと思い知るのも嫌だった。純粋に彼らのことを好きだからファンをしているのに、彼らに何かを求めたくなってしまったら、何かが私の中で崩れてしまう気がした。そうなるくらいなら、いっそ手が届かないくらいに遠くにいてくれた方が良いんだ、と思っていた。

なのに、私がそうして守ってきた安全ラインは、札幌KMFであっさりと崩されてしまった。たった一瞬のハイタッチ。「ミュージカル、楽しみにしてます」と言った自分の言葉に、彼が嬉しそうな顔をしてくれたことが、もうだめだった。歌に惚れ込んだはずだったのに、あの瞬間、もう一段階深いところまで落ちた気がした。伝わった。伝わってしまった。1秒にも満たないその時間だけは、一方通行じゃなかったのだ。

自分の言葉が届く、という嬉しさを一度知ってしまったら、もう戻る術はないらしい。だから土曜日も、待ち受けるハイタッチと、何かを期待してしまっている自分になんとなく憂鬱な気持ちになりながら電車に乗った。終わった後に悲しくなるのが怖かったのだと思う。そしてその不安は、見事に的中している。

 

思い返すだけで心臓が痛い

スペシャルライブ、と銘打ってはいるものの、実質的にはファンミーティングだった。公演時間は2時間弱と短く、曲もアンコールを含めて10曲程度。せめてセットリストくらいは記しておけばよかったと後悔しているけれど、内容についてはツイッターでもレポしてくださっている方がいるので割愛。

昼の部は、一人で参戦した。1階席の最後方だ。キャパシティは予め知っていたとはいえ、入場して改めて箱の小ささに驚いた。ど真ん中だったのでステージ全体は見やすかったものの、照明がやたらと目を射るものだから、逆光でメンバーの表情まではほとんど判別できず、ほとんど雰囲気を楽しむに留まった。同じくお一人様だった左隣のキノペンの気さくなおねえさんと仲良くなって一緒に盛り上がった。

終演後のハイタッチで、深夜4時に即席で作った名前のボードを見せたら、やっぱり嬉しそうな顔をしてくれた。だけど流されて行く人々、無数のジノペンの一人である、私。ほんの刹那だけ交わされる温もりに、どれほどの気持ちを伝えられているのだろう、と切ない気持ちになりながらロビーに戻った。

けれど、その後だった。今もなお、私の心臓の鼓動を乱す出来事があったのは。

写真撮影券とやらが何を指すのかわからないまま、グッズ列で迷うことなく3000円を差し出した己の軽率さに、これほど感謝することになろうとは思わなかった。だって、会場全体の集合写真なんだと思っていたのだ、1部公演が終わるその瞬間まで。随分と強気な価格だなあとは思ったけれど、郵送してくれるのならば記念に、くらいのつもりだった。まさか、15人単位での撮影だなんて思いも寄らなかった。係の人の誘導の声に、耳を疑った。

写真撮影券をお持ちの方はこちらです、とハイタッチを終えて空になった会場に再び通され、整理番号が早いグループから順に撮影をして行く。前の人たちが撮影の準備が整うまでの時間メンバーと会話しているのを見て、頭が真っ白になった。そんな心の準備、していない。

それでも、最後から2番目のグループだった私が通されるころには、少し落ち着いた。舞台の縁に腰掛けるメンバー10人の前に、ファン15人が2列に誘導される。どうにかジノの近くに行くことに成功して、撮影までの、数十秒のチャンス。あの時、振り返るのに一生分の勇気を使ったような気がする。

ミュージカル、観に行きます。そう言ったら、彼は目尻に皺を寄せて、「お〜、ありがとうございます。がんばります」と微笑んだ。がんばります、は韓国語のあとに日本語でも繰り返してくれた。楽しみにしててください、って言われたから、期待してます、って返したところでタイムリミットが来た。自分がどんな顔で写真に写ったのか、さっぱりわからない。たぶん、ひどい顔をしているんだろう。半目になっているに違いない、きっとそうだ。

大好きな人たちが話す言葉を、少しでもそのまま理解できたなら。韓国語の勉強を始めた動機はそこだったから、自分が使うことはあまり考えてこなかった。それを初めて使う相手が、よりによって推しであろうなんて、誰が想像できただろう? 

状況を理解できないまま撮影が終わって、ロビーに戻ってから漸く実感が湧いて、危うく一人で叫び出しそうになった。2部公演まで一緒に時間を潰そう、と外で待ってくれていたキノペンのおねえさんのところに戻って話しかけた私の声は、面白いくらいに震えていた。

 

夢は終わらない

そこから友人と合流し、おねえさんと3人で時間を潰して、いよいよ2部の入場。今度は5列目だからさっきより相当近いはず、とわくわくしながら入った私達の期待は、思いもよらぬ形で裏切られた。

前4列が潰されていた。潰されていたといっても、単純に座れないようになっていたわけではない。撤去されていて、そもそも席が存在していなかった。5列目の前には、ただのだだっぴろい空間。そう、私たちは最前列だったのだ。

座席の背もたれに刻まれた番号を数回見直しても、それは紛れもなく現実だった。5列目だって私には十分すぎるほどだと思っていたのに。

たまたま先週はめちゃくちゃ仕事がきつくて、帰宅してから毎日泣くような生活をしていた。週末彼らに会える予定がなければとっくに折れていた。だけどまさか、それがこんな形で報われるとは思わなかった。ああ、頑張って良かった。ひとしきり友人と騒いでから、じわじわとその想いが込み上げて、始まる前に少し泣いた。

始まってからは、もう、ひたすら夢のようだった。

ジノの歌声が、同じ空気を震わせて私の鼓膜を揺らすというだけでも、私にはもったいないほどの幸せだというのに。

やっぱり私は、歌う彼が世界一好きだ、と何度も、何度も、その姿を目に焼き付けようとしながら思った。気持ちよさそうに歌う彼の目には何も映っていないでしょう、だってたいてい目を閉じているか、宙を見つめているかだ。彼が歌うときだけしか存在しない世界があるのだ。何人たりとも踏み入れることが叶わない、彼だけの世界。歌声が途切れたら、しゃぼん玉のようにふわりと弾けて消えてしまう、脆くて美しい世界。

アイドルとしての振る舞いをよく心得た人だな、と思う。ファンサービスにしても、童顔な外見を活かした可愛いキャラクターにしても、好きな女性のタイプを訊かれて口を濁すところも、きっと自覚的にやっているのだろうと思う。そして多分それはファンのためなんかじゃない、気がする。

こんなことを言ったら誰かに怒られそうだけれど、あの10人の中で、ジノだけ妙に老けているな、と思うことは結構ある。笑ったときの目尻の皺の深さもさることながら、ふとした時の表情なんかにどきりとするほど老成した空気を感じることがある。

少し前のデビュー1週年のVライブの時に、メンバーに宛てて書いた手紙の中で、一年前のジノが末っ子ウソクに綴った言葉が忘れられない(訳お借りしております)。

「お前がこれを読む頃には成人して、大人ぶったりする年齢なんだろうけど、それでも若いよ、若い。羨ましい。」

この時はメンバーも、書いた本人も笑っていたけれど、でもこれってものすごく重い言葉だと思う。さらりと綴られた “부럽다” に込められた質量に、意味がわからないくらい泣いた。

アイドルでいることは、ジノにとってはきっと目的じゃなくて手段なんだろう。歌い続けるための、失ってはいけない立ち位置。

これが正解だなんて思わない、私がジノをそう解釈しているだけ。それでも、そういう人だと思うから好きだ。歌への衝動に忠実な人だから。そうやって、後ろを振り返って悔いて、弟を羨んで、それでもなおこうして歌い続けている彼だから、好きだ。

だから、歌っているところだけで十分なはずだったのにな。私は愚かだ。

何度かこっちを見て微笑んでくれたのも、最後の方の曲の途中、弓を射る素振りで標的にしてくれたのも、たぶん気のせいじゃない、と思いたい。名前を呼べば声が届く距離にいた。私の呼びかけに、たしかに頷いてくれた。そのことが、こんなにも嬉しい。嬉しくて、悲しい。

 

確かにそこにいた、のに

ううん、やっぱり夢だったのかもしれない。帰りに友人と新大久保によって夕飯を食べながら、さっきの、現実だったんだよね?と二人で首をひねった。

彼女はそのまま私の家に泊まりに来て、二人で彼らの曲を流した。さっきまで目の前にいて、確かに私に視線を、笑顔を、言葉をくれたはずの彼は、もういつも通りの、画面の向こうの遠い遠い人に戻っていた。

ほらね、だから嫌だったんだ。選んだのは自分だというのに、やりきれなくてそんなことを思ってしまう。幸せすぎたから、喪失感がひどい。

 

次に彼の歌を聴けるのは、2017年最後の日。それまでは仕方ないから、端末越しで我慢だ。 

カムバック直前の忙しい時期に、こうして来てくれて、本当にありがとう。
フイくんとか2部だいぶおつかれだったし、カムバ前にゆっくり英気を養えていればいいけどな。

好きになって初めてのカムバックだ。毎日あがる音楽番組、衣装、新しいCD。
楽しみ。

愛に言葉は不要というけど

 

彼の声に落ちたのがもうひと月以上前になろうか、それから少しずつ彼の人となりについて知っていることは増えつつある。知れば知るほどに好きになっていくし、きっとこれからもっと好きになるのだろう。だけど、今後どれだけ彼のことを知ろうと、歌っているジノが一等好きだというのは変わらないような気がする。

K-POPに出会ってから随分とたくさんの人を好きになってきたけれど、ボーカルラインの人が推しになったのはジノが初めてだ。なんでこんなに彼に惹かれたんだろうか、と考えていたら、頭の中が段々と込み入ってきたので、とりあえず文字にしてみる。

 

先に断っておくと、わかったような口を利いているけれど、これは理解でも共感でも寄り添いでもない。他者を理解することなんてただでさえ不可能だし、他者を視る私の視線には観察者としての恣意性が大いに干渉している。ましてやアイドルとファンという関係なら尚更だろう。私が彼らを(ともすれば都合よく)そのように解釈しているにすぎないのだ。

 

思うに、歌はひとつの表現形態であるからして、歌い手の '作品' だ。私がジノペンになったのは、彼の作品に魅せられてしまったから。

裏を返せば、私はアイドルとしての彼のペンになったわけではないのかもしれない、と思う時がある。もちろん、今ではペンタゴンというグループがまるごと大好きだし、そのメインボーカルを務めるジノも、長男としてのジノも大好きだけど、それは後付け。

もともと優しげな顔立ちをしていることもあって、険しい表情が似合わない人だなと思う。たとえば "Can you feel it" だとか "Like This" のブリッジパートとかでそういう顔をする時があるけれどさ。でも単純に似合わないというより、ああいう時のジノは「こういう表情をしよう!」と思って顔を作っているみたいに見えて、ちょっぴり無理やり感があるような気がする(小声)それはそれで可愛くて好きなんだけど。

アイドルというのはパフォーマンスありきだから、そういう作り込みが必要なのはわかる。だけど、やっぱり私は、そういう時の彼よりも伸び伸びと歌う彼が好きだ。

飾らずに歌う時の彼は、それがどんな歌であれ、いつでもジノだ。むしろ、歌う時こそがチョ・ジノという人間として生きられる瞬間なんじゃないかなと思う。存在の確度が揺らがないというか、ジノという人間の輪郭が一番はっきりしているというか。

彼の唇から紡がれる詞が悲しいものだったとしても、それを聴いて私が悲しさを覚えることはない。なぜなら、彼の歌声からは、溢れんばかりの歌への愛を感じるから。彼が歌を、ひとつひとつの音を慈しんでいることは、目を閉じて歌うところを見ていればよくわかる。とても丁寧で繊細で、真摯だ。気持ちよさそうに歌うのが好き。

それから、その小柄な体に並ならぬ自信を纏った姿も好きだ。普段は優しさの塊みたいな彼が、マイクの前で一変するのが好き。歌っていないときには微塵も匂わせないのに、確かな実力に裏打ちされたボーカリストとしての矜持がそこにはある。フイくんとデュエットしてる時なんか、もう最高。

歌うために生まれてきた人って、彼のことを言うんじゃないかな。

だからこそ、というべきなのか、彼が歌うときに放つ輝きはとても鮮烈だけど、どこか儚さを覚えてしまう。意地悪な言い方をするならば、彼には歌しかないんじゃないか、と思う時があるのだ。彼にとって歌はきっと空気みたいな、人生において決して欠けてはいけない要素なんじゃないだろうか。8年という時間に代えてでも捨てられなかったものなんでしょう。そこに捧げられた覚悟の重さに、敬意すら越して畏怖を覚えずにはいられない。同時に、もしも歌を失ってしまったら、この人はどうなってしまうのだろう、と余計なことを考えてしまう。

そういう人と同じ世界に、同じ時間に生きていられること、その歌う姿を目の当たりにできることは、なんと幸せなことだろうか。彼が目の前のマイクを見据えて歌う時、眉根を寄せて音を紡ぐとき、目を閉じて渾身のエネルギーを絞り出すとき、何度見ても胸がぎゅうと締め付けられるように愛おしさで潰される。 

 

ここから先は、思いつきを書き殴っただけ。表現と表現者の話、自分では面白いと思って書いているのだけど、どれほど読む人に伝わるのかはわからない。

歌う、奏でる、書く、描く、踊る、撮る、録る、作曲する……表現の方法は数多あれど、およそ表現者という生き物の本質には、アーティストとストーリーテラーというふたつの面があるんじゃないか、みたいな感じのことを最近考えている。

そのふたつはあらゆる点で異なるのだけど、私が思うに、たとえばその違いのひとつは表現することへのモチベーションが内側(自己)にあるか、外側(他者)にあるかというところだ。表現することそれ自体を目的とするのがアーティストで、その作品は表現者の内面が結晶化したものであり、鑑賞者としての他者の関与は必要条件ではない。対するストーリーテラーの目的は、表現の内容を相手に伝えることで、鑑賞されて初めて作品として成立する。ソシュールが言うところのシニフィアンシニフィエの関係性に似ているようにも思えるが、この例えが適切である自信はない。

表現に用いる媒体は、おそらく元来どちらかと親和性が高い。たとえば言語はどちらかといえばストーリーテリングに向いていると思うし、写真や映像は尚更だ。対して、絵や踊り、音はアートとしての要素が強いような気がする。

とはいえ、ふたつのうちどちらかに100%偏ることはきっとなくて、個々の作品の色は、表現者本人の嗜好性だとか、様々な要因が絡まり合って絶妙なバランスの上で決まるものだと思っている。

その定義に則るならば、私自身は言語をつかう身ではあるけれど、だいぶアーティスト寄りだと思う。というのは、自分が書いたものの中身が相手に伝わったかどうかは実際のところあまり興味がなかったりするからだ。

承認欲求は強い方だから、もちろん私の文章を誰かに読んでほしいとは思うし、評価してもらえたら嬉しい。でも、書きたいという衝動は、それとは全く独立に存在していて、文章を完結させた時点で私の衝動は満たされてしまう。

だから、自分の中に書きたいものがある限り、それが誰の目にも触れなかったとて私は書くことを辞めないだろう。

そしてそれはジノも同じだろうと思う。無人島に流れ着いても、砂漠に迷い込んでも、彼は歌い続けるような気がする。

 

自分がそうだからかは知らないが、他者の作品を鑑賞する立場としても、ストーリー性のあるものよりもアーティスティックな作品を好む傾向がある。どちらが良い悪いではなく、あくまで嗜好の問題なのだが、ふたつの属性のまた別の違いに由来しているように思う。

ストーリーテラーの作品は精緻で、秩序だっていて理性的だ。内容を他者に伝達するのが目的である以上、表現がぐちゃぐちゃだったらそれは達成されないのだから、ある意味これは自然な話だろう。文章はわかりやすい例で、特にミステリーやSF、ファンタジーはこっちの要素がかなり強いと思う。

対する 'アート寄り' の作品とは、と問われたら、私は危うさの上に成り立つものであると答える。

 

私はしょっちゅう「美しい」という言葉を濫用するのだが、私が誰かに対してこの言葉を使うとき、その人たちには共通する特徴がある(推しのタイプに一貫性がないとよく言われるし自分でもそう思ってきたのだが、こうして考えてみると面白いものだ)。

危うい人、だ。どこかぎりぎりのラインに立っている人。ぷつりと糸が途切れたら、ふっと消えてしまいそうになるような、そういう儚さのある人(ジュンペンはこの気持ちを理解できる人が多いんじゃないかしら)。不安定、不完全、脆い。そういう感じ。

理性は強さだ。理路整然としているのも、それはそれでまたひとつの美しさなのだろう。無機的な美しさだ。

だけど、人間の美しさの真価は、神にはなれないからこそだ、と私は思っている。不完全性は唯一無二だし、それゆえに尊い。カオティックで、有機的な、体温のある美しさ。

そういう美しさのある人が好きだ。美化しすぎと嘲笑われるだろうか。

さっき自分をアーティスト寄りと言った身でこんな話をするのも、どうにも恥ずかしくはある。でも、自分も大概弱くて、強さに憧れている。弱い自分も強い自分もどっちも嫌いなんだけど、その間で揺れている自分は結構好きだったりする。

 

そのような文脈で私の思う 'アート' 作品とは、いわば理性の枠組みの隙間からこぼれ落ちる雫だ。理性で自らを律する強さのある人には生み出せない。その人の世界の解釈の方法を映し出すものであり、他者である限り永遠に共有できないもの。その人自身の欠片。 表現者としての存在が危ういほど、生み出されたものは眩しいように感じる。花火みたいなものだ。

 

そう考えてみると、音楽というのは難しいなと思う。作曲者、作詞者、歌い手の作品が同時に存在することで成り立つものだからだ。

とはいえ、歌うという表現行為は、単体ではストーリーテリングの要素が強いような気がする。そしてそれが、アート嗜好の私が今までボーカルライン推しにならなかったひとつの理由でもあるのかなと思う。

歌う人がどれだけ歌詞になぞらえて感情を込めようと、その没入が完璧であればあるほど、歌う本人の感情は霞んでしまうように感じる。私が見たいのは歌詞を台本にした演技ではなく彼ら個人の生の感情であって、現実の彼らから乖離した歌の中の世界には心が向かない(だから恋愛の曲には食指が動かないことが多い)。

ステージに登ってくるまでに彼らが越えてきたであろう苦しみを歌声の裏に見出して感嘆したり、ファンの前でパフォーマンスをする姿に愛おしさを覚えることはあれど、それは作品としての歌を楽しんでいることとはまた別で、単純に彼らのことを愛しているというだけだ。

はたまた、メロディが好きとか、声が好きとか、振り付けとか、歌詞の言い回しが好きなこともあるけれど、それらも結局はシニフィアン的要素に魅せられているに過ぎない。彼らを愛せばこそ特別感は増すけれど、究極このパフォーマンスをやっているのが彼らでなくとも、それなりに好きだっただろうと思う。

かといって、歌の中身に全く意識が向かないわけでは当然ない。たとえばセブチの曲の中だったら、"Shining Diamonds" や "Still Lonely" は格別に好きだ。あの歌詞には、等身大の少年たちの感覚がぶつけられている気がする。つまりは彼らにしか歌えない曲であり、彼らが歌うから意味のある曲になるのである。そこに魅力を感じている。

以前の記事にも再三登場するZicoの "Artist" や "ANTI" が好きなのも、あの曲が彼の感覚を具現化したものであると感じているからだ。BTSも鳥肌が立つような作品がたくさんある。SUGAがAgust D名義で出している "so far away" なんかは初めて聴いたとき、言葉が見つからなかった。ていうか、今これを書きながらBTSの曲の歌詞をいろいろ漁ってるんだけど、なんだこのグループ、凄すぎる。どんな世界を見てきたら、こんな言葉を生み出せるるのだろう。物語としても、芸術としても、宝石みたいだ。

また脱線したけれど、とにかく、ジノの歌は彼自身で、それだから好きだ。彼のなかの大事なものをぎゅうと圧縮して零れ落ちるダイアモンドみたいなのだ。私は、表現者としての彼をとても尊敬するし、美しいと思うし、愛おしいと思う。この人に出会えたことが、本当に幸せだ。

 

会社員として働くようになってやっと1ヶ月、なかなかにハードな日々が続いている。

昨日はすっかり月末だというのを忘れていた。ジノが月に一度あげてくれるソロ企画の動画の投稿日だったのだ。正直なことを言うとただ歌っているジノが見られるならそれで良かったのだけど、キノちゃんも大好きなので、昨日の夜は最高のご褒美をもらった気分だった。

今日を入れてあと2日もすれば、私は北海道でジノに会っている。頑張れるぞ。

 

あと、セブチの新アルバムのハイライトメドレーも発表されたわけだけど、こっちも曲調どストライクなものばかりでとても楽しみ。